アダルトチルドレンで、極度の対人恐怖、嫌われることが怖いです。

私は20代の女です。
働いても、人が怖くてすぐにやめてしまいます。

アダルトチルドレンで、極度の対人恐怖、嫌われることが怖いです。
高校2年生で鬱になり、そこから7年間鬱に苦しみました。

23歳のころ転機があり、良きカウンセラーさんに出会え、
そこで、鬱が和らぎ、今では鬱はほぼよくなりました。

しかし、社会不安や対人恐怖、軽いですがパニック障害と、
これからやっと向き合っているところです。
自分に今起こっていることがだんだん分かってきました。

少しでも、同じようなことで悩んでいる方の参考になるように、
私の経験を書きますね。どうか、力になりますように。

私は、幼いころから、自分を出せない子供でした。
両親の仲が悪く、父は借金、浮気を繰り返し、
家に生活費を入れないような人でした。

母は懸命に働いていたため、今思うと、必死だったのですね。
余裕がなくいつも怒っているような印象があります。

母の懸命な姿に、子供ながら母を助けたいと思い、
わがままは言えませんでした。

甘えにいっても、邪魔くさそうにされ、
それを感じた私は余よけいに駄々をこねる。

愛情を感じたくて、抱きしめてほしくて駄々をこねても、
母は怒るだけでした。

母は私のことが嫌いなんだ。私が良い子じゃないから嫌いなんだ。
兄弟は上に3人いて、わたしは末っ子でした。

しかし、年が一番近くても8個離れているので、
物心ついたときにはみんな年頃で、友達と遊ぶということがほとんど。

家にもほとんどいませんでした。私が遊んでほしいとねだっても、
みんなあまり相手にしてくれませんでした。

そこで、いよいよ本格的に孤独を感じたのですね。
その時点でたった3歳ごろです。もう、生きていたくありませんでした。

(カウンセラーさんから聞いたのですが、3歳までが肝心らしいです。
3歳までに、安心感を得られなかった人は、アダルトチルドレンになり、
その後生きにくいと。)

誰も私に興味がない。私は誰にも愛されない。
周りから相手にされない私は、本当の自分を押し殺すようになりました。

それから、幼いころ私は、自分を愛してもらうために、
家の手伝いを進んでするようになり、
いつも笑って、元気で明るい良い子を演じました。

心では死にたいと思っているのに。

こんな自分だったら愛されるかな?と、嘘の自分を演じ続けました。
家族だけでなく、友達の前でも、本当の自分ではなく、嘘の自分。

本当の自分が出せないんです。

だって、幼いころ、本当の自分で生きていたけど、愛されなかったから。
だから、そのままの私では愛されない。
演じている私でしか、人前に出せないのです。

そんな生活をしていたら、本当の自分はどこかに消えました。
そして、感情もなくなりました。

でも、どれだけ消えても、やはり感情は心のどこかにあるので、
たまに気が狂ったように発狂します。

それもひとりで。なので、家族は何も知りません。
ある日、プツンと何かが切れて、うつ病になりました。

そして、良きカウンセラーさんと出逢い、
2年目にして、回避性パーソナリティ障害と分かりました。

人格が分裂することもあります。押さえつけすぎた本当の自分、
本当の感情が、コントロールできなくなるとヒステリーを
起こしたように出てくるのです。

あまりにもひどい時はなにを言ったか、何をしたか覚えていません。
そんな私ですが、薬では何も解決しないと、身にしみて感じました。

7年間薬を飲み続けましたが何も解決せず、少し高いと感じましたが、
個人のカウンセラーさんに思い切って相談すると、
出会って1か月で断薬に踏み切り、成功し、
半年で鬱症状が一気に改善に向かいました。

時間はかかりますが、間違いなく、
精神疾患の原因がはっきりすると思います。

私のカウンセラーさんは1時間5000円です。
1回無料お試ししてみて、相性がいいと感じたので、週1でお願いしました。

働いていないのでお金はありませんでしたが、
働けるようになったら返すと説得し、母に借りました。
今では、決して高くないと断言できます。

薬だけでは、症状は改善しません。
どうか、カウンセラーさんを探してください。

これを読んでいる方、たくさん苦しんで傷ついて今まで生きてきたと思います。
本当に本当に、生きてこれたことがすごいと思います。

どうか、自分を幸せにするような道に進んでください。
私もまだまだ、戦っているところです。

一緒に、この生きにくい世の中、生きていきましょうね。
いつか必ず、出口があると信じて。

バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、 両替しなければならない時、極度の不安に襲われます

私は、社会不安障害からうつ病を患い、
今現在、精神科へ10年以上通院しております。

周りの目が気になって仕方が無く、
異常なまでの不安感や緊張感に襲われてしまい
震えや赤面、動悸、声が出ない等の症状が出てしまうからです。

精神科の担当医は「誰も貴方をそんなに見ていない」と言いますが
周りの目が気になってしょうがないのです。

私の場合の一例を上げると、
バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、
両替しなければならない時、極度の不安に襲われます。

普通に、両替出来れば良いのですが、
社会不安障害の患者はそうはいきません。

「もし両替に時間が掛かって、他の乗客に迷惑をかけてしまったらどうしよう。」
「立ち上がり、両替機の前まで歩く時、ふらついて転んでしまったらどうしよう。」
と、不安がよぎります。

だからといって、他人のこんな場面に出くわしたら、どう思うのか。
全く気にしていません。

社会不安障害の患者は分かっているのです。
自分が気にしすぎているという事を。

でも、極度の予期不安で体調が悪くなってしまうのです。

人に注目を浴びないように…歩いて帰ろう。
バスに乗車する前に小銭をキッチリ用意しておこう。

人目に付かない行動を取るようになってしまいます。

それでも、周りの視線を浴びなければいけない事は、
生活していく上で多々あります。

私は次第に、普通の生活をしていく事が困難になっていきました。

「このくらいの悩み事で、心療内科や精神科へ行くのも恥ずかしい」
「きっと、こんな思いを医師に話しても呆れられるだけだ」

もうどうしようもなく、
私は当時通っていた大学を辞めてしまいました。

今思う事は、もっと早くにこの病気を知っていて
精神科に受診していたら、ここまで悪化はしなかったでしょう。

現在は、外出する時に処方された抗不安薬を飲み、
普通の生活に戻りつつあります。

突然仕事に行くことに恐怖を感じるようになってしまいました

私は24歳頃に専門学校を無事卒業し、就職をしました。
今現在は結婚もしていて、子どもが二人います。

そんな私、今から約2年前ほどに
突然仕事に行くことに恐怖を感じるようになってしまいました。

言葉で表現するのは難しいのですが、
漠然と「職場へ行かないといけいない」と考えるだけで
気持ちが辛くなってしまったのです。

それでもしばらくは頑張って通勤して何とか出勤していました。

しかし、段々とその恐怖感は強くなり毎日、
朝起き度に感じるようになってしまったため、
社会不安障害なのかな?と奥さんにも相談し一緒に付き添ってもらい
専門の病院へ受診しました。

診察時にはっきりとは言われませんでしたが、
その後「うつ病」ということが分かりました。

どうやらストレスや疲労、環境の変化などが影響したようです。
ですが私は「うつ病だから特別な感じで休みたい」とはまったく思いませんでした。

辛くても心の奥底で「どうにか前向きでいたい」と考えていたのです。

そう思えたのは恐らく自分の症状を『個性』と認識し、
受け止められたからだと思います。

そしてそう思わせてくれたのは、
今も通院している病院の担当の医師の方とお話することができ、
最初は戸惑っていた家族が時間と共に私の精神状態を
理解してくれたからだと感じます。

本当に感謝しています。
あ、もちろん自分も頑張りました。(笑)

もしすべてが嫌に感じたら、
少し頑張って外の空気を吸うだけでも気持ちは必ず気分転換出来ます。

私は担当の医師の方に辛いとき用に軽い飲むお薬を頂いていますので、
(お薬に偏見を持たず「手助けをしてくれるサプリ」くらいに考え)

「気持ちが落ちそうかな?」と思ったら
そのお薬をサッと飲んで前向きにやっています。

説明が下手ですみません。(笑)

まぁ(今回のお話に限らずですが)何事も良い意味で
「気軽な気持ち」でやっていれば間違いなく一歩前へ進めると私は思っています。

いや、思えています!

そんな感じで今日も明るく、そして良い意味で気軽に頑張っている私の、
心の壁(うつ病や障害)に関する前向きなお話でした。

今日も気分転換を忘れずにしたいと思います。

以上です!

激務に追われ、出張先のホテルで感じた事のない動悸を体験しました

私は20代後半から大手企業の専門職から中小企業に転職しました。

大手では経験できないような業務を任されたりしながら、
入社2年ごろまでは激務に取り組み、自分でも満足していましたが、
年々体調を崩すようになり出張先のホテルで、
寝入る前にドキゥッと今までに感じたことがないような気持ち悪さを体験しました。

妙にそのことが心配になり、「私は心臓がわるいのではないか?」と
自分自身で問いかけるようになりました。

仕事で没頭している時は思わないのですが、
休日などでは体調のことで思いなやんでしまってました。

すると段々夜寝るときにまたあの気持ち悪い体験をしたら・・・
どうしょう??と考えはじめると、今度は段々と不眠症に陥ってしまいました。

ちょうど梅雨時期の暑さと、かさなり、不眠症はひどくなるばかりでした。

ついには業務中にドッキンドッキンと動悸がうちはじめ、
「私このままダメになってしまうのではないか??」という
何とも言えない底なしの恐怖を感じて、外に飛び出したい一心になりました。

職場の周囲の方たちからパニック障害ではないかということで、
心療内科をすすめられ受診しました。

心療内科では軽い鬱でしょうということで数種類薬を提案されましが、
服薬に抵抗があり薬は断りその後は通ってません。

「酷い動悸がして以前のようなことがおきたらどうしょう??」と
自分自身で追い込んでましたが、生活事態を見直して
仕事もきりが良いところで辞め、ゆったり生活するようになってからは、
不眠もなおり不安になる気持ちも数年かかりましたが、
だんだん減少していきました。

現在はパートをしながら主婦として生活してます。

たまには不安になったりしますが、不安になっても
「何で?何で?不安になるのまた?いつなる?」と、
追い込まないようにしてます。

頑張りすぎずに適当にいそがしい・・
ぐらいが丁度良いのだと思います。

あと睡眠は絶対に大切だと思いました。

社会不安障害だと気づいたきっかけは、妊娠・出産でした

第一子を出産後、かわいいはずの我が子をかわいいと思えず、
周囲に「相性が悪い」とこぼしていたほど気持ちが荒んでいました。

仕事をしていないのに、どうしても一人になりたいからと
保育園探しを必死にしていました。

そんな時、心療内科を受診しました。

当初は「産後鬱」という診断でしたが、
幼い頃から自覚のあった「対人不安」などを医師に相談すると、
社会不安障害」だと診断されました。

「アスペルガー症候群」かもしれないと悩んだ時期もありましたが、
医師から診断されたことですごく気持ちが晴れました。

幼い頃から「複数の人の前に出ると手と声が震えるほど緊張する」
「電話に出るのが苦痛」「仲良くなった関係を自分から壊す」
「大事なものをなくす」などの自覚症状があり、
「アスペルガー症候群」か「ADHD」なのではないかと悩んでいました。

世間知らずでもあり、30歳を超えたあたりから
やっと普通の人の感覚がわかるようになってきたほどです。

滅多に合わない主人の家族にも失言を多々しており、
主人に怒られたこともあり後で一人になって自問自答して後悔の嵐です。

これまでの友人関係も然りです。
診察してくれた医師によると、「アスペルガー症候群」ではないとのことでした。

でも、その医師は診断テストをしてくれたわけではなく
私の話を聞いて判断しただけなので、
私自身はまだ自分が「アスペルガー症候群」ではないかと疑っていますが。

とりあえず「社会不安障害」と産後鬱をどうにかしなければと思い治療を始めました。

お薬を服用しだしてからは、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、
我が子をかわいいと思える余裕も出てきました。

そして、アルバイトをしながら電話にも出られるようになってきました。

だんだん良くなってきて、お薬も減らしてきていた頃に第二子を妊娠したので
そこで治療を終了することになりました。

その後は人と話していてもさほど緊張せず、
出産後、授乳後とお薬を服用せず普通の生活を送れていたのですが、
その頃のアルバイト先で対人関係のトラブルを起こしてしまい、
極度の緊張で心拍数が100を超え、人と会話することが怖くなり、
結果仕事を続けることができなくなって辞めざるを得なくなりました。

その後、また心療内科に行きお薬をもらい、
子育てに専念して自宅にひきこもりながら
自分を落ち着かせるようにしてきました。

今回はカウンセリングが必要だと思い、
カウンセラーのいる別の心療内科を受診しました。

そちらで話を聞いていただき、だんだんと落ち着いてきて、
また普通の生活をおくれるほどにはなってきました。

今は通院しておらず、残っているお薬をいざという時に服用する程度です。

ですが、まだまだ普通の方のようにママ友をたくさん作ったり、
接客や営業のような仕事をすることはできません。

ですが、少しずつママ友ができてきて引きこもりも改善してきています。
それに、開き直って自分に向いている仕事を探しているところです。

今までトラブルが多かったのは、向いていない仕事を無理してしていたから、
だからすぐ仕事をやめてしまっていたのではないかと思います。

幼いころに人と接する努力をしなかったことも悪かったでしょう。

10代の間にいろんな失敗をしておけば、20代30代とをかかずにすんだはずだし、
恥だからといって緊張することもなかったと思います。

幸い主人が理解してくれているので助かっています。

これからも自分でどうにもならない時はお薬に頼りながら、
でもなるべく少しずつでもいいから人と接する努力をしていきたいと思っています。

私は精神障害者で病名はうつ病とてんかんです

初めまして。私は44歳の男性です。
私は精神障害者で病名はうつ病てんかんです。

ちなみに障害厚生年金2級を受給しております。

最近では特に体の震えがひどく、日常の会話も非常に乏しく
人と目線も合わせられず、大勢の人の中にも入ることが出来ず
食事も一緒に摂る事が出来なくなり、絶えず人の視線が気になります

一番最初に行った就労継続支援A型事業所でも、
他の障害者と比べたら労働能力が著しく劣るという
事業所からの指摘から就労を続けていくことが非常に困難となり、
やむなく退職いたしました。

現在は別の就労継続支援A型事業所に行っていますが、
やはり大勢の利用者と一緒に内職作業することが出来ず、
一人でパソコンを用いた作業をしています。

ちなみに私の父親が77歳で要介護1で、70歳の母親が老老介護をしている為、
毎週日曜日に介護職員初任者研修(旧:ホームヘルパー2級)の講座を
受けに行っていますが、まわりの98%が女性であるためか、
特に実技では大変気を使いますし、やはりなかなか環境に馴染めない状態が続いています。

今振り返ってみると、自分は、就職どころか、
社会に適応していない人間ではないか?
と思うようになってしまいました。

実は、怖いのは夢をみた時なのです。

ここ2~3年、今は倒産してありませんが、
一番最初に勤務した金属印刷会社の嫌な係長が何度も頻繁に出てきたり、
同じく今は倒産してありませんが、大型家電販売量販店で
店員として働いていたり、夢にうなされる日々がよくあります。

仕事を辞めてしまったことで精神が不安定になり、結果的にはうつ病と診断されました

父・母・私(30代女性独身)の三人暮らしです。

学生時代の私は、どちらかというとおとなしい性格でしたが、
いざという場面では気が大きくなるというか、
アピールが上手いタイプでした。

特に初対面の場合にその能力は発揮され、
その頃はかなりの不況でしたが、750倍の難関を突破し、
憧れのマスコミ業界に入ることができました。

社長面接では、「楽しい子だね、物怖じしないね」といわれた私でしたが、
地方から上京し、一人暮らしをしながら働いていると
知らず知らずのうちにプレッシャーが重くのしかかってきたのか、
新入社員研修のときの一人ずつのプレゼンなどで、上手く話せなくなってしまいました

今までは上手くできていたのに、
社会人になると責任感を覚えるからなのでしょうかか…

「物怖じせず、自分の世界を持っている」と評価された私でしたが、
その後部署に配属されても、編集者という朝遅く、終電まで働き、
時には徹夜する仕事のせいか、プライベートでホッとする時間がなくなり
精神的に余裕がなくなってきました

部署は私を含め4人でしたが、同じフロアには人が多く、
24時間誰かがいるような状態で、得意だったライティングも
会社では上手くいかなくなってきました。

その頃は許されていたので、家で記事を執筆し、
会社に持ち込んだりすることで何とか仕事はこなしていました。

その後、家庭の事情で退職し、故郷に帰ったのですが、
仕事を辞めてしまったことで精神が不安定になりました。

派遣会社のジョブカウンセラーの方などに
「能力は優秀なのに自信が無さそうにみえる。もっと自信を持って!」
アドバイスされたりもしました。

その後、精神科を受診し、結果的にはうつ病と診断されました。
現在私は、自分の心の調子と相談しながら、短期を中心に仕事をしています。

好きだったライティングの仕事も再開でき、
心のより所としつつ、社会復帰を果たしました。

最初は家族と外食している時に息苦しくなったことでした。

最初は家族と外食している時でした。

メニューを注文した途端すごく息苦しく
吐き気が襲ってきて食事どころではなかったのを覚えています。

それ以降外に出るだけで
吐き気や頭痛腹痛と体調不良になるようになりました。

通勤するのも精一杯になり、ある日職場に着く手前で足が止まってしまい、
その場で泣き始めてしまい遅刻しました。

日常生活に支障が出るので家族の勧めで心療内科に行くことになりました。

うつ病躁うつ病社会不安障害パニック障害という診断をされ、
以降毎日朝晩薬を飲んでいます。

何かをきっかけに泣くことが今もありますが、薬が自分に合っているようで、
以前のように外出時体調を崩すことはなくなりました。

私の場合は最初に処方された薬が合っていたけれど、
人によっては自分に合った薬を見つけるまで時間がかかることもあるそうです。

1~2週間おきに通院し、効果がなければ薬を変えていくので
必ず自分に合った薬は見つかると思います。

薬が効いて元気になったと思っても、急に以前のようになったりもします。

ですが症状に波があるだけと医師に言われ、
悪化したわけではないとわかり安心できます。

現在は家族の理解もあり、仕事を辞め、極力毎日散歩等に行くようにしています。
一度症状が出ると繰り返す事を恐れて、また繰り返してしまうそうです。

なので外に出ることで、以前はダメだった場所等に行き、
もう大丈夫だということを実感する
ようにしています。

薬を飲み、家族の理解があれば必ず治る病気だと思うので、
もし同じような症状の人がいるのなら、まずは病院に行くことをオススメします。

医師との相性もあるので、1箇所だけで諦めてはだめです。
完全に治るまで時間はかかりますが、ゆっくりと治っていくので安心してください。