社会不安障害を回復できたのは、周囲の人の理解と過保護ではない優しさでした

大学生の頃、少人数のゼミなどに参加し、
皆の前で自分の研究を発表しなくてはいけないという状況を知った際、
失敗したらどうしよう、皆に笑われたらどうしようと考えるようになりました。

そこから日にちが経つにつれ、ゼミの不安感というよりは、
漠然とした不安感や恐怖感でいっぱいになり、
外に出ることさえも怖くて仕方なくなりました。

その後、藁にもすがる思いで心療内科を受診しました。
社交不安障害」と病名が付いた時、とても救われました。

私は病気だったのだ、私の性格の問題ではなかったのだ、
薬を飲んで治療をすれば普通の生活に戻れるのだと。

両親、友人に話すのが怖くて仕方なかったのですが、
学校に行けていないため、伝えるしかありませんでした。

両親、友人ともに大事にはせず、
受け入れてくれた事は本当に感謝しています。

基本的に外に出るのが不安で仕方なかったのですが、
「緑のいっぱいある所」「水のある所」には行くことができました。
(例えば、緑が生い茂っている公園、温泉)

きっと、気持ちが落ち着くのだと思います。
両親も友人も公園や温泉に付き合ってくれました。

また、人前でご飯を食べることも恐怖になっていたのですが、
「じゃあ食べなきゃいいよ、私はお腹が空いたから食べるけど」と
私を気にせず食事をしてくれていました。

周囲の人の「行きたいところに行けばいい、食べたくないなら食べなくていい」
という丁度いい放置が本当に助かりました。

私は「大丈夫?それは大変!なんとかしなきゃ」というように、
皆から気を使われるのが嫌だったのです。

結局ゼミには出席することはできませんでしたが、
両親と友人がつかず離れずの距離を保って私の行動範囲を少しずつ広げてくれたおかげで、
今は普通に外に出ることができるようになりました。
(人前で発表等は今でも不安感に襲われますが、以前のように嘔吐することは無くなりました)
因みに、不自由と感じない生活に戻ったのは、受診してから1年半後でした。

今は、大学も卒業し、社会に出て働いています。

私が社会不安障害を回復できたのは、
周囲の人の理解過保護ではない優しさだと思っています。

ちなみに、服薬はその後も頓服薬のみ使用等で5年ほど続けましたが、
今は服薬していません。

自分に対する苛立ちや劣等感から、ますます人目が気になるという悪循環に陥っていたように思います

10代のおわりに、社会不安障害という診断を受けました。

大学入学後間もなかったのですが、当時は通学ができず、
通院して待合室に座っているということ事態が苦痛で、
またそんな自分に対する苛立ち劣等感から
ますます人目が気になるという悪循環に陥っていたように思います。

一人暮らしだったため、ほとんどお医者さまとしか会話しない状態でした。

はじめは投薬と、ほんの少し話を聞いてもらうだけという治療が続きました。
1年ほどそれが続いたと思います。

目覚しい変化というものはありませんでしたが、
不安で恐ろしいなりに、大学へ行ってみようかという気持ちがうまれていました。

お医者さまに励まされたこともあり、通学してすぐ帰ってくる、
という生活を始めました。

その頃もやはり、自分の状況に焦りや苛立ちがありました。

年度がかわり、留年してしまっていた私は年下の人の中で、
また少しずつ通学していました。

顔を出し続けることで話す相手が自然とでき、友人になり、
友人に引っ張られて通学するようになりました。

この頃には少し長くお話できるようになっていたためか、
投薬と平行してカウンセリングも受けることを勧められ、そうしました。

相変わらず怖いことだらけでしたが、
友人にせっつかれて、アルバイトも始めました。

この辺りで、私ははじめて自分の状況を振り返り、
認めてやることができるようになりました。

通院して薬を飲んでも、なかなか効果が実感できないこともあると思います。
風邪薬のようなイメージでいると、焦ってしまうこともあります。

もやが晴れるように、という表現がありますが、
私が社会不安障害の治療を受けている中で感じた回復の仕方は、
海の真ん中から陸を目指しているようなものでした。

はじめは陸が見えず、また近付いても波のせいでまた遠ざかることがあり、
でも気が付けば足の付く浅瀬まで来ているのです。

焦らず、ゆったり構えて自分を眺め、
今できるようになったことを数えるようにしてください。

失敗したらまた帰りが遅くなるという不安が更に増大、悪循環の毎日でした

営業兼技術作業員として5年前から業務委託として仕事をしてきていましたが、
ここ3年くらい経営者が求めていること(主に報連相)ができず、
1年前に発達障害を疑い心療内科を受信しました。

診断結果は発達障害ではないが不安がかなり多いため
コミュニケーションがうまくいかないことがわかりました。

それでもと経営者の意に沿うよう1年間努力してきましたが
状況が更に悪化し仕事をやめることになりました。

経営者には不安障害であることを伝えておりましたが、
なかなか理解していただけず仕事と家庭を両立することが難しかったです。

家庭においては子供のこと、夫のことも仕事優先せざる負えないため疎かになり、
仕事においては家庭の都合は仕事をきちんとできてからという経営者の方針で
(あたりまえではありますが)、特に仕事あっての家庭という経営者の考え方と
生活がマッチしませんでした。

最後の1年間は日付変更線を超える指導もあり、
睡眠時間や家事などをする時間をとることが難しく、
その状態で次の日の仕事を考えていかなければならずまた失敗するのでは、
失敗したらまた帰りが遅くなるという不安が更に増大、悪循環の毎日でした。

経営者と2人だけの事務所であり、私が業務のほとんどを担っていたため、
休むことも許されず、休日もいつお客様から電話がかかってくるかわからない、
という休みでも休むことができない状態を5年間続けてわかったことは、
自分が不安障害でコミュニケーションを取ることが苦手であること、
すべてを自分で担うことができないということでした。

特にコミュニケーションについては、
20年連れ添った夫でもようやくわかったようです。

今は仕事をせず落ち着いて考えるようにし、何かあれば会話が苦手なので
LINEで夫とコミュニケーションを取るようにして生活をしております。

やはり会社勤めは相性が合わないとコミュニケーションが取れなくなるため、
今のところは在宅でできることを検討しています。

不安障害には時間や一手間かけることで
コミュニケーションをスムーズに行うことができると考えますが、
今の社会ではなかなか効率重視で時間をかけることも
普通の人では不要な手間をかけることはなかなか難しいため
自分のペースにマッチした会社や働き方を模索することが大事ではないでしょうか。

本で読んだだけですが、認知行動療法を行うことや意識することで
不安を少しでも取ることが可能である生活を送ることを第一優先にした方が、
悪循環のループから抜け出せるかもしれません。

私も子供が3歳になったときから働き続けて15年、
夫からしばらくゆっくり休みなさいと言われてから肩の荷が下りたような気がします。

まだまだ、他人とのコミュニケーションは難しく
引きこもりのような状態ではありますが、
時間があるので少しずつ前に進んで行こうと思っています。

疑心暗鬼にとらわれると人間不信になり、他のお母さん連中が敵に見えてくる

小学生の子供がいる方なら思い当たることがあるかと思います。
学校の登校班での人間関係に不安を覚えます。

長距離の登校の場合、低学年のうちは通学時に
親が途中までついて行ったりします。

自分の子供だけでなく、他の子供も一緒に安全を確認しつつ、
注意したり、されたりする場面も多くあり、
トラブルを起こすことが多々あります。

子供は基本、自分の親には「良い子でいたい。」という心理がありますので、
小さな嘘を沢山ついたりもします。

それを親が鵜呑みにしてしまって受け止めてしまうと、
他のお母さん連中ともめる原因になりました。

幼稚園までは親が付きっきりでしたので、
親から離れた子供がどんな行動に出るのかは未知数です。

誤解しやすい子供であったり、被害妄想的になってしまう子供もいます。

そこは、親が付いているうちは露見しないことが多いので、
発達に障害があることなども気づかれにくいこともあります。

子供の話す内容と、一部の他のお母さんの話す内容。

どちらを信じて良いのか?親が付いている時には子供は良い子でいたり、
わざとではなくとも安心のために異常行動をとらなかったりします。

自分の子供を信じてあげたい一心で頑なに耳を傾け、
周りが見えなくなってしまうこともありました。親しい方に、
「○○さんが陰口を言っていた。」などありがた迷惑な報告を受け・・・ショック。

悪い噂は、近所の世間話にもされたり。「人のうわさも75日。」とあきらめて、
受け流すのもつらく、相談先を間違え空回ってしまったり。

人間不信にならない方がおかしいくらいな時がありました。
相談する先は、信頼できる擁護の先生などが良かったと思います。

担任の先生も、ごく限られた学校に1人居るくらいの
金八先生位なら良いかもしれませんが、
担任の先生などは本当に頼りになりませんでした。

とにかく、問題さえ解決してしまった後は、
噂に関しては時間が解決してくれるまで、社会生活を営みつつも、
(私の場合はTVドラマの刑事物とかを観て)現実逃避しつつ
時が過ぎるて人の記憶や自分の記憶が薄らいでいくのを待つばかり
という解決方法でした。

疑心暗鬼にならずに、強い心で粘り強く生きていくしかないと思いました。
とにかく、考えすぎないことが一番かもしれません。

今まで生きてきたのだから、くぐりぬけられない試練はないと思い、
私も頑張るので、頑張りすぎずに頑張っていきましょう。

ある頃から初対面の人と話す時や人前で字を書く時に、とても緊張するようになりました

私はもともと人と接することが苦手です。
小さな頃から人見知りでした。

しかしそれなりに仲良くできる友達はおり、
特に問題はありませんでした。

ところがある頃から、初対面の人やたまにしか合わないような人と話すとき
とても緊張するようになりました。

大人数のなかで話すときも、
人前で字を書くときも緊張して手が震えるようになりました。

緊張しないように落ち着こうとすればするほど余計に緊張してうまく話せず、
それがまたさらにトラウマとなって「また緊張してうまく話せないのではないか」と、
不安になるという悪循環に陥っていきました。

仕事においては、電話や接客などがうまくできないので
その種の仕事を避けるしかありませんでした。

友達との付き合いでも、気が許せる友達としか会わなくなりました。
本当はそんな理由で職種を制約したくないし、もっと友達と仲良くしたいです。

コミュニケーションをうまくとっていきたいです。
インターネットで私の症状を調べると社会不安障害なのではと考えました。

いろいろと調べてみると、心療内科に通い、
薬を服用して治すという意見が多かったので、
それで克服できるならと心療内科に通ってみることにしました。

やはりそこでの診断は「社会不安障害」で、
しばらく薬を飲みながら様子を見ていきましょうと言われました。

しばらく薬の服用を続け、なんとなく薬が効いているような気もしましたが、
なんとなくしかわかりませんでした。

医者にも「もう大丈夫でしょう」と言われ、ひとまず治療を終了しました。

その後、初対面の人と話す機会がありましたが、やはり緊張しました。
以前とあまり変わらないぐらいです。

もうどうしていいのかわからなくなりました。
だけど、私は人とうまくコミュニケーションがとれるようになりたいんです。

あらゆることに自信がないから不安になるんだろうと思い、
自信が持てるように頑張ろうと決意しました。

自信が持てるものがあれば少しくらい緊張したって大丈夫、
人前で緊張しない人の方が逆に少ないと思うようにしました。

今はできるだけネガティブな発想をしないよう、
頭の中をポジティブな考えで満たすようにしています。

気のせいかもしれませんが、
少しずつ、人と合ってもあまり緊張しなくなってきたような気がします。

このまま克服できたらと思うばかりです。

きっかけは中学の時、些細な事で担任の先生が怒って教卓を蹴ったことでした

私は小さい頃から人見知りで、
クラスでもあまり目立つ方では無かったと思います。

自分の中では「みんなに好かれたい、嫌われたくない」と
いつも思っていました。

中学二年の頃までは何も支障なく学校に行けていましたが、
社会不安障害を発症したきっかけなんじゃないかと思う
出来事がその頃にありました。

1限目が始まる前に10分位のHRがあったのですが、
その時に些細な事で担任の先生が怒って教卓を蹴ったんです。

その時私は1番前の真ん中の席に座っていました。

普段から怒りっぽい先生だったのですが、
何故かその時だけとてもびっくりしてしまい震えが止まりませんでした。

とにかくその時は震えている自分を後ろにいるみんなに見られたくなくて、
震えを止めようと必死でした。

結局HRが終わるまで震えは止まらなかったです。

その後その事について誰にも何も言われませんでしたが、
それから視線大きい音を必要以上に気にするようになって、
授業中も震えたらいけないということに必死で硬直していました。

高校になってから電車通学になり、
電車に乗ると視線を気にして震えたり吐き気がしたりという症状も出てきて、
学校もたまに休むようになりました。

高校二年の頃に、なんとなく自分の症状をインターネットで調べました。

その時に視線恐怖症、対人恐怖症、
社会不安障害などという病気があることを知りました。

そしてそれは治るということを知り、
まず近くの心療内科に行ってみようと決めました。

両親にもこんな症状で悩んでいることを黙っていたので、
初めて打ち明ける時はとても言い難かったですが、
病院に付いて行ってくれると協力してくれました。

そして初めて病院に行き、あがり症克服や社会不安障害についてなどの冊子と
薬を出してもらいました。

薬は効果が出るまで2週間くらいかかると言われていたので、
飲み始めは副作用もありましたが、病院に通いながら頑張って続けました。

合う薬なども考えて下さって色々な薬を飲んだりして、
副作用が辛く学校に行けない日があったり、
もう消えてしまいたいと自己嫌悪になったり、辛いことも沢山ありましたが、
少しずつ視線や音に対する恐怖や緊張感なども無くなっていきました。

薬を飲み続けながら、なんとか高校を卒業して、専門学校に進学しました。

それから薬からも卒業することが出来て、
アルバイトですが三年くらい問題なく生活出来ていました。

ですが突然再発してしまったんです。

アルバイトは接客をしていたんですが、今まで問題なく出来ていたのに、
何故か視線を感じると震えが止まらなくなり、
その仕事を続けることが出来なくなって辞めてしまいました。

そして今、昔以上に症状が悪化したように思います。
家族と食事することさえも辛いです。

何が原因で再発してしまったのか分からないのですが、
今思うのは、薬は確かに症状を緩和してくれました。

ですが根本的な治療にはならないと思います。

病院に通っていた当時はカウンセリングも受けていましたが、
途中で行かなくなってしまいました。

辛い症状が無くなることは確かに大切ですが、
一番大切なのはカウンセリングなどで根本的なところの心の治療というか、
トラウマを克服したりすることなのかなと思います。

現在も社会不安障害は克服出来ていませんが、
これからちゃんと治すことが出来るように頑張っています。

社会不安障害だと気づいたきっかけは、妊娠・出産でした

第一子を出産後、かわいいはずの我が子をかわいいと思えず、
周囲に「相性が悪い」とこぼしていたほど気持ちが荒んでいました。

仕事をしていないのに、どうしても一人になりたいからと
保育園探しを必死にしていました。

そんな時、心療内科を受診しました。

当初は「産後鬱」という診断でしたが、
幼い頃から自覚のあった「対人不安」などを医師に相談すると、
社会不安障害」だと診断されました。

「アスペルガー症候群」かもしれないと悩んだ時期もありましたが、
医師から診断されたことですごく気持ちが晴れました。

幼い頃から「複数の人の前に出ると手と声が震えるほど緊張する」
「電話に出るのが苦痛」「仲良くなった関係を自分から壊す」
「大事なものをなくす」などの自覚症状があり、
「アスペルガー症候群」か「ADHD」なのではないかと悩んでいました。

世間知らずでもあり、30歳を超えたあたりから
やっと普通の人の感覚がわかるようになってきたほどです。

滅多に合わない主人の家族にも失言を多々しており、
主人に怒られたこともあり後で一人になって自問自答して後悔の嵐です。

これまでの友人関係も然りです。
診察してくれた医師によると、「アスペルガー症候群」ではないとのことでした。

でも、その医師は診断テストをしてくれたわけではなく
私の話を聞いて判断しただけなので、
私自身はまだ自分が「アスペルガー症候群」ではないかと疑っていますが。

とりあえず「社会不安障害」と産後鬱をどうにかしなければと思い治療を始めました。

お薬を服用しだしてからは、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、
我が子をかわいいと思える余裕も出てきました。

そして、アルバイトをしながら電話にも出られるようになってきました。

だんだん良くなってきて、お薬も減らしてきていた頃に第二子を妊娠したので
そこで治療を終了することになりました。

その後は人と話していてもさほど緊張せず、
出産後、授乳後とお薬を服用せず普通の生活を送れていたのですが、
その頃のアルバイト先で対人関係のトラブルを起こしてしまい、
極度の緊張で心拍数が100を超え、人と会話することが怖くなり、
結果仕事を続けることができなくなって辞めざるを得なくなりました。

その後、また心療内科に行きお薬をもらい、
子育てに専念して自宅にひきこもりながら
自分を落ち着かせるようにしてきました。

今回はカウンセリングが必要だと思い、
カウンセラーのいる別の心療内科を受診しました。

そちらで話を聞いていただき、だんだんと落ち着いてきて、
また普通の生活をおくれるほどにはなってきました。

今は通院しておらず、残っているお薬をいざという時に服用する程度です。

ですが、まだまだ普通の方のようにママ友をたくさん作ったり、
接客や営業のような仕事をすることはできません。

ですが、少しずつママ友ができてきて引きこもりも改善してきています。
それに、開き直って自分に向いている仕事を探しているところです。

今までトラブルが多かったのは、向いていない仕事を無理してしていたから、
だからすぐ仕事をやめてしまっていたのではないかと思います。

幼いころに人と接する努力をしなかったことも悪かったでしょう。

10代の間にいろんな失敗をしておけば、20代30代とをかかずにすんだはずだし、
恥だからといって緊張することもなかったと思います。

幸い主人が理解してくれているので助かっています。

これからも自分でどうにもならない時はお薬に頼りながら、
でもなるべく少しずつでもいいから人と接する努力をしていきたいと思っています。

社会不安障害と診断され、リーゼという抗不安薬を処方して貰いました

大学生の頃、学習塾でアルバイトをしていました。

教師志望という訳ではなく、時給が良く、
受験の経験を活かせるという理由から、塾講師のバイトを選びました。

元々、完璧主義真面目だった私は、
生徒の悪態や先輩のアドバイスも、必要以上に重く受け止めてしまい、
バイトを始めて半年が過ぎた頃には、「子供と向き合うのが怖い
という状態になってしまいました。

もちろん、家族にも友人にも相談できませんでした。
子供が怖くて仕事がつらい、というのは、
自分の甘えが原因だと思っていました。

そんな自分は、塾講師として失格だと自分を責め、
失敗に怯えながら授業をしていました。

教室に入ると、緊張する。事前に家で予習してきても、
失敗が怖くてドキドキしながら授業をしている。

……という状態がしばらく続き、精神的につらくなったので、
初めて心療内科にかかりました。

そこで、「社会不安障害」という病名を知りました。

社会不安障害というのは、人前で何かをするのが怖かったり、
社会生活をする上で人と関わることが怖いという状態
だそうです。

私の場合は、「生徒の前で授業をするのが怖い」という点が当てはまりました。

先生の話を聞き、「リーゼ」という、
不安を抑える薬の中でも一番効き目の緩やかなものを処方して貰いました。

「生徒や授業が怖いと感じたらどうしよう」という不安もありましたが、
薬も飲んでるし、不安だけどきっと大丈夫だ

という風に、前よりも気分が安定してきました。

その後1ヶ月でアルバイトは辞めましたが、
リーゼのおかげで、「不安を感じる自分を責める」ということが減り、
不安を感じても大丈夫だ。という安定感が生まれました。

「社会不安障害」は、不安を感じている本人が一番つらいと思います。

不安を感じる自分を責めず、心療内科の先生や薬の力を借りて、
少しずつつらい気持ちを減らしていけたら、良いと思います。

大学を卒業した今でも、パーティや初対面の人と会う場面は不安ですし、苦手です。

そういう時は心療内科で「リーゼ」を頂いて、
「不安に感じても良いんだ」と安心するおまじないを唱えてから、
無理をしないように出るようにしています。

私の社会不安障害を救ってくれたのは、新聞に載っていた記事でした

私は、「社会不安障害」という言葉が生まれる前から社会不安障害です。
最初に付いた診断名は、対人恐怖症でした。

社会不安障害は、パニック障害とも似通っていると思います。
特定の場所でドキドキしたり、吐き気がしたり、人によって症状は様々です。

私は、広場恐怖があり、逃げられない状況になると
吐き気がして意識が遠のきます

体が震え芯から冷たくなります

こんな私を救ってくれたのが、新聞に載っていた記事でした。

こういう症状は病気なんだと、
病院へ行き適切な処置をすれば治るんだと教えてくれたのです。

しかし当時は心療内科やメンタルクリニックなどほとんどなかった時代です。
私は不安になりながらも電話帳を広げました。

すると、近くに心療内科があるではありませんか。
私は勇気を出して、病院へ行きました。

精神科も標榜していた大きい病院だったので、
待合室は初めての人間には戸惑う場所でした。

暗い場所に、いろんな年代の人たちがいました。

私の番になり名前を呼ばれて、
私は先生が怖い人だったらどうしようかと思いました。

「あなたは病気じゃない、甘えているだけ!」そう言われたら。

そして心の問題なのに、それが薬で解決できる、
というのもいまいちピンときていませんでした。

しかし病室に入ると先生は優しく迎えてくれ、
抗不安薬を処方してくれました。

「これで楽になるからね。」私が、
「治るのでしょうか。」と恐る恐る聞くと、
「治ります。」と言ってくれました。

そして少したって人前に出る用事ができた時、
初めて薬を飲みました。

その日はその用事のことで頭がいっぱいで、
ものすごく緊張していました。

…が、十五分もするとその不安は消え、
私の気持ちは落ち着きを取り戻しました。

何も怖くない。

全然平気!

私はその日、無事に用事を済ませ、薬のすごさを知ったのです。
今も私は薬を飲んでいます。でも、その回数は減ってきました。

できることがどんどん増えました。

薬を飲んでですが、できることも増えました。

私は、薬を飲んでいても、人間らしい生き方ができれば
それでいいんじゃないかと思います。

何もできないで家に閉じこもっているよりずっといい

今もし苦しんでいる方がいるならば、
少し勇気を出して病院へ行ってください。

きっと今の生活よりずっと生きている実感を
感じることができるようになると思います。

社会不安障害とうまく付き合う方法

私は学校を卒業して社会に出てから社会不安障害(SAD)になりました。

もともと人前で話すことが苦手だったりする性格だったので、
学生時代はみんなにまぎれることでごまかしていました。

でも社会に出ると学生時代とは違い、
いろいろとストレスも増え体調を崩すようになりました。

もともと自分に自信がなかったこともあり、不安を感じることも増えました。
だんだんと外を歩くことにすら恐怖感を感じるようになってきました。

ひどい時はチャイムが鳴っても玄関を開けることができないくらいでした。
それくらい人に合うこと自体に恐怖感不安感を感じていました。

どうしようもなくなり自らメンタルクリニックを訪れました。

始めは一人で外出することも不安だったので母に付き添って貰って行きました。
病院では社会不安障害と診断されました。

それまではなんとか外に出て働かなくてはと
追い立てられるような気持ちが常にあったのですが、
病名がついたことでとても安心したのを覚えています。

私は頑張っても人並みのことが出来ないと自信を失っていたので、
病気だから仕方ないと思えたことは救いでした。

それからは家でのんびりと生活することにしました。

しばらくして薬飲みながら
アルバイトなどを始めることも出来るようになりました。

まずは初めのステップとして病院へ行き
自分に合った薬を飲むということは勇気のいることですが、
とても大事なことだと思いました。

あとは薬を飲みながらでも少しづつできることから始めてみるのもいいと思います。
疲れたと思えば休めばいいのです。

病気を自覚して自分にあったペースで生活をしていけばいいのだと思います。