教室にいると動悸が激しくなり冷静でいられなくなりました。

大学生時代に社会不安障害と診断されました。

私は中学まで周りにいじめられたり、からかわれたりしながら過ごし、
それが元で高校時代には孤立していました。

大学には気さくな人がたくさんいて最初は楽しかったのですが、
いつかは裏切られるのではないか、いつかは失望され
見捨てられるのではないかと思うようになり、
教室にいると動悸が激しくなり冷静でいられなくなるようになりました。

そういうときは外に出て休んでいましたが、
授業が始まると教室に鍵をかける先生や電車・バスのような
自分の意志で外に出られない場所に入ると呼吸が苦しくなり、
眩暈や吐き気がするようになりました。

とても苦しかったのですが両親は理解してくれず、
心療内科にかよっていてなかなか治らなかったり薬の副作用(主に眠気)で
横になっていたりすると「怠け病だ」「いつ治るのか」などと言ってきて、
それが苦しさにますます拍車をかけました。

どんなに苦しいと訴え、泣いて取り乱しても、
私を責める言葉は無くなりませんでした。

それどころか調子の悪い私に無理やりアルバイトをさせようとしました。

スーパーのレジのアルバイトで、店長も他のバイトの人もいい人ばかりだったのに、
人の目も怖いし自分が失敗しないかという不安もどんどん強くなるし、
動悸と吐き気がおさまらなくなってすぐに辞めました。

気が狂うかもしれない、いっそ狂ってしまった方が楽かもしれないと思いました。
死にたいと願いました。

唯一理解を示してくれた家族はでした。両親に責められて泣く私のことを、
当時中学生だった妹はいつも慰めてくれました。

苦しい時期はとても長く続きましたが、
カウンセリングを受けるうちに少しずつ楽になっていき、
妹や友達に支えられることで安心感を得られるようになりました。

薬や通院は、あれから5年以上経った今もまだ続いていますが、
最低限で済んでいます。

何が一番大切だったかと思い返すと、
薬でも通院でもなくてやっぱり周囲の理解だったのだと思います。

甘えではない、怠け病でもない、これは心の風邪のようなもの、
病気なのです。それを、どうして突き放され冷たくされることで
改善などしましょうか。病人に氷水をぶっかけるようなものです。

どうか社会不安障害やその他神経症への理解が
もっと得やすくなりますようにと願ってやみません。

社会不安障害と診断され、リーゼという抗不安薬を処方して貰いました

大学生の頃、学習塾でアルバイトをしていました。

教師志望という訳ではなく、時給が良く、
受験の経験を活かせるという理由から、塾講師のバイトを選びました。

元々、完璧主義真面目だった私は、
生徒の悪態や先輩のアドバイスも、必要以上に重く受け止めてしまい、
バイトを始めて半年が過ぎた頃には、「子供と向き合うのが怖い
という状態になってしまいました。

もちろん、家族にも友人にも相談できませんでした。
子供が怖くて仕事がつらい、というのは、
自分の甘えが原因だと思っていました。

そんな自分は、塾講師として失格だと自分を責め、
失敗に怯えながら授業をしていました。

教室に入ると、緊張する。事前に家で予習してきても、
失敗が怖くてドキドキしながら授業をしている。

……という状態がしばらく続き、精神的につらくなったので、
初めて心療内科にかかりました。

そこで、「社会不安障害」という病名を知りました。

社会不安障害というのは、人前で何かをするのが怖かったり、
社会生活をする上で人と関わることが怖いという状態
だそうです。

私の場合は、「生徒の前で授業をするのが怖い」という点が当てはまりました。

先生の話を聞き、「リーゼ」という、
不安を抑える薬の中でも一番効き目の緩やかなものを処方して貰いました。

「生徒や授業が怖いと感じたらどうしよう」という不安もありましたが、
薬も飲んでるし、不安だけどきっと大丈夫だ

という風に、前よりも気分が安定してきました。

その後1ヶ月でアルバイトは辞めましたが、
リーゼのおかげで、「不安を感じる自分を責める」ということが減り、
不安を感じても大丈夫だ。という安定感が生まれました。

「社会不安障害」は、不安を感じている本人が一番つらいと思います。

不安を感じる自分を責めず、心療内科の先生や薬の力を借りて、
少しずつつらい気持ちを減らしていけたら、良いと思います。

大学を卒業した今でも、パーティや初対面の人と会う場面は不安ですし、苦手です。

そういう時は心療内科で「リーゼ」を頂いて、
「不安に感じても良いんだ」と安心するおまじないを唱えてから、
無理をしないように出るようにしています。

社会不安障害とうまく付き合う方法

私は学校を卒業して社会に出てから社会不安障害(SAD)になりました。

もともと人前で話すことが苦手だったりする性格だったので、
学生時代はみんなにまぎれることでごまかしていました。

でも社会に出ると学生時代とは違い、
いろいろとストレスも増え体調を崩すようになりました。

もともと自分に自信がなかったこともあり、不安を感じることも増えました。
だんだんと外を歩くことにすら恐怖感を感じるようになってきました。

ひどい時はチャイムが鳴っても玄関を開けることができないくらいでした。
それくらい人に合うこと自体に恐怖感不安感を感じていました。

どうしようもなくなり自らメンタルクリニックを訪れました。

始めは一人で外出することも不安だったので母に付き添って貰って行きました。
病院では社会不安障害と診断されました。

それまではなんとか外に出て働かなくてはと
追い立てられるような気持ちが常にあったのですが、
病名がついたことでとても安心したのを覚えています。

私は頑張っても人並みのことが出来ないと自信を失っていたので、
病気だから仕方ないと思えたことは救いでした。

それからは家でのんびりと生活することにしました。

しばらくして薬飲みながら
アルバイトなどを始めることも出来るようになりました。

まずは初めのステップとして病院へ行き
自分に合った薬を飲むということは勇気のいることですが、
とても大事なことだと思いました。

あとは薬を飲みながらでも少しづつできることから始めてみるのもいいと思います。
疲れたと思えば休めばいいのです。

病気を自覚して自分にあったペースで生活をしていけばいいのだと思います。

人と話そうと思っても、うまく言葉が出てこない。人ごみで息苦しくなる

私は、もともと気弱で思っていることを、口に出すのが苦手なタイプです。
学生時代から、周りから少しかわっている、マイペースだねとよく言われました。

そんな私でも、高校生までは友達もでき、普通の生活を送っていました。

ところが、専門学校に入り2年目の夏ごろから、人と話そうと思っても
うまく言葉が出てこない

大勢の中で、ポツンといると息苦しくなる
という症状が出てきました。

もともと、血圧も低く(90-50くらい)
元気一杯というタイプではなかったので、身体の調子が悪いのかなと
思い、内科、脳神経外科など、いろいろな科で見てもらいました。

けれど、どこも悪いところはありませんでした。

精神的な事からきているものだと、医師から言われ精神科のクリニックを受診し、
弱い精神安定剤を処方してもらいました。

その後、学校を続けていくのは無理だったので、
中退し、近所の工場で働き始めました。

そこで、数年働きましたが、工場の撤退で退職することになりました。

次に、働いたところは、朝6時からという勤務で同じような軽作業の
工場でしたが、人間関係のストレスから若いころ出た、
動悸頭痛めまいなどが、出始め結局退職しました。

そして以前、お世話になった精神科のクリニックをまた、受診することになりました。

不安神経症」「対人緊張」が強いですね、
といわれ前いただいた薬よりもう少し、
不安が軽くなる少し強めの薬を処方していただきました。

運動がいい早寝早起きがいい、と言われ実践し、退職して時間が空いたので
ジムに通ったりヨーガもはじめ、少しずつ体の具合もよくなってきています。

食事も、野菜を多くとるように心がけています。
今は、再就職にむけて就活中です。

経験から人間関係のストレスが一番よくないと思っているので、
大勢の人とかかわる練習に、ボランティア活動を始めようかと、検討中です。

もし、就職がきまっても、自信がないままで
はじめの半年くらいは大変だと思います。

けれど、焦らずゆっくり、失敗してもまた、やりなおせばいい、
そんな気持ちで、自分を受け入れて少しずつ
前進できたらいいなと思っています。