バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、 両替しなければならない時、極度の不安に襲われます

私は、社会不安障害からうつ病を患い、
今現在、精神科へ10年以上通院しております。

周りの目が気になって仕方が無く、
異常なまでの不安感や緊張感に襲われてしまい
震えや赤面、動悸、声が出ない等の症状が出てしまうからです。

精神科の担当医は「誰も貴方をそんなに見ていない」と言いますが
周りの目が気になってしょうがないのです。

私の場合の一例を上げると、
バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、
両替しなければならない時、極度の不安に襲われます。

普通に、両替出来れば良いのですが、
社会不安障害の患者はそうはいきません。

「もし両替に時間が掛かって、他の乗客に迷惑をかけてしまったらどうしよう。」
「立ち上がり、両替機の前まで歩く時、ふらついて転んでしまったらどうしよう。」
と、不安がよぎります。

だからといって、他人のこんな場面に出くわしたら、どう思うのか。
全く気にしていません。

社会不安障害の患者は分かっているのです。
自分が気にしすぎているという事を。

でも、極度の予期不安で体調が悪くなってしまうのです。

人に注目を浴びないように…歩いて帰ろう。
バスに乗車する前に小銭をキッチリ用意しておこう。

人目に付かない行動を取るようになってしまいます。

それでも、周りの視線を浴びなければいけない事は、
生活していく上で多々あります。

私は次第に、普通の生活をしていく事が困難になっていきました。

「このくらいの悩み事で、心療内科や精神科へ行くのも恥ずかしい」
「きっと、こんな思いを医師に話しても呆れられるだけだ」

もうどうしようもなく、
私は当時通っていた大学を辞めてしまいました。

今思う事は、もっと早くにこの病気を知っていて
精神科に受診していたら、ここまで悪化はしなかったでしょう。

現在は、外出する時に処方された抗不安薬を飲み、
普通の生活に戻りつつあります。

小学校の頃の引越(転校)で社会不安障害になり、今はインデラルという βブロッカーと呼ばれるお薬でしのげています

初めまして。
普通の会社員している31歳女性です。

少しだけ私が社会不安障害と診断されてからの
出来事を綴っていこうと思います。

私は小学3年のときに大阪から地方へ引っ越してきました。

もともと活発な性格の私でしたが、
引越し(転校)してから引っ込み思案になりました。

なぜかというと、環境が変わり友達も一から作るという
小学3年の私にとっては重大なことだったからです。

数ヶ月はクラスにも馴染めず辛かったことを覚えています。

小学5年生の頃、国語の授業中に先生に当てられ
教科書を読むようにと言われました。

それまでは何も感じていなかったのですが、
その時は急に教科書を持つ手が震え手足がガタガタと震えました。

私も急なことなので「なんで?」と疑問でしたが、
それが今後の人生を左右するなんて夢にも思いませんでした。

それから中学・高校と進学していく中で、
人前で何か発言することが恐怖に変わり、
学校へ行くのが本当に嫌で仕方がありませんでした。

友達と会話することはなんともなく、むしろ楽しいのですが
授業中に人前にたって発言するときにだけ発作?
のようなものが出始めるようになりました。

高校生の頃は、本気で学校辞めたい!と悩んだほどです。

ですが、この悩み・不安を
誰に打ち明けていいのかわからないまま大人になっていました。

大人になるまで「人よりも緊張するタイプなんだ」と思っていましたが、
大人になって更に人前に立つことが増えてしまい、
症状はさらにエスカレートしていきました。

とにかく私の症状は、声・体の振るえ、動悸、息切れ、
予期不安(ありもしないことを考えてしまう)、
言葉がうまくしゃべれなくなるといった症状でした。

なかなか世間には受け入れてもらえない病気です。

心療内科にも精神科にもかかり、
精神安定剤など処方してもらいましたが私には何の意味もありませんでした。

気休めでしかなかったですね。

心療内科・精神科の先生からは
「社会不安障害・あがり症は気の持ちよう」とか
「あなたは緊張してるかもしれないけど、
人はそれほどあなたの話を聞いていないから
もっとリラックスした方が良い」など言われ、絶望しました。

今でもあのときの気持ちをはっきり覚えています。
ネットで徹底的に「社会不安障害 治療」と何度も何度も調べました。

ですが、これで治る!という方法は残念ながらないようです。

社会不安障害・あがり症に悩まされて20年以上経ちました。
いまだに症状は完治しておりません。

ですが、今はインデラルという
βブロッカーと呼ばれるお薬を飲んでいるので一時的には凌げている感じです。

現在、私は仕事をしながら
アロマセラピストの勉強をしています。

資格を取得して自分と同じような症状で悩んでいる人の
力になるのが私の夢ですね!

社会不安障害に悩んでおられる方は少なくないと思いますが、
いつかきっと治る!と信じて前に進んでいってほしいです。

社会不安障害を回復できたのは、周囲の人の理解と過保護ではない優しさでした

大学生の頃、少人数のゼミなどに参加し、
皆の前で自分の研究を発表しなくてはいけないという状況を知った際、
失敗したらどうしよう、皆に笑われたらどうしようと考えるようになりました。

そこから日にちが経つにつれ、ゼミの不安感というよりは、
漠然とした不安感や恐怖感でいっぱいになり、
外に出ることさえも怖くて仕方なくなりました。

その後、藁にもすがる思いで心療内科を受診しました。
社交不安障害」と病名が付いた時、とても救われました。

私は病気だったのだ、私の性格の問題ではなかったのだ、
薬を飲んで治療をすれば普通の生活に戻れるのだと。

両親、友人に話すのが怖くて仕方なかったのですが、
学校に行けていないため、伝えるしかありませんでした。

両親、友人ともに大事にはせず、
受け入れてくれた事は本当に感謝しています。

基本的に外に出るのが不安で仕方なかったのですが、
「緑のいっぱいある所」「水のある所」には行くことができました。
(例えば、緑が生い茂っている公園、温泉)

きっと、気持ちが落ち着くのだと思います。
両親も友人も公園や温泉に付き合ってくれました。

また、人前でご飯を食べることも恐怖になっていたのですが、
「じゃあ食べなきゃいいよ、私はお腹が空いたから食べるけど」と
私を気にせず食事をしてくれていました。

周囲の人の「行きたいところに行けばいい、食べたくないなら食べなくていい」
という丁度いい放置が本当に助かりました。

私は「大丈夫?それは大変!なんとかしなきゃ」というように、
皆から気を使われるのが嫌だったのです。

結局ゼミには出席することはできませんでしたが、
両親と友人がつかず離れずの距離を保って私の行動範囲を少しずつ広げてくれたおかげで、
今は普通に外に出ることができるようになりました。
(人前で発表等は今でも不安感に襲われますが、以前のように嘔吐することは無くなりました)
因みに、不自由と感じない生活に戻ったのは、受診してから1年半後でした。

今は、大学も卒業し、社会に出て働いています。

私が社会不安障害を回復できたのは、
周囲の人の理解過保護ではない優しさだと思っています。

ちなみに、服薬はその後も頓服薬のみ使用等で5年ほど続けましたが、
今は服薬していません。

失敗したらまた帰りが遅くなるという不安が更に増大、悪循環の毎日でした

営業兼技術作業員として5年前から業務委託として仕事をしてきていましたが、
ここ3年くらい経営者が求めていること(主に報連相)ができず、
1年前に発達障害を疑い心療内科を受信しました。

診断結果は発達障害ではないが不安がかなり多いため
コミュニケーションがうまくいかないことがわかりました。

それでもと経営者の意に沿うよう1年間努力してきましたが
状況が更に悪化し仕事をやめることになりました。

経営者には不安障害であることを伝えておりましたが、
なかなか理解していただけず仕事と家庭を両立することが難しかったです。

家庭においては子供のこと、夫のことも仕事優先せざる負えないため疎かになり、
仕事においては家庭の都合は仕事をきちんとできてからという経営者の方針で
(あたりまえではありますが)、特に仕事あっての家庭という経営者の考え方と
生活がマッチしませんでした。

最後の1年間は日付変更線を超える指導もあり、
睡眠時間や家事などをする時間をとることが難しく、
その状態で次の日の仕事を考えていかなければならずまた失敗するのでは、
失敗したらまた帰りが遅くなるという不安が更に増大、悪循環の毎日でした。

経営者と2人だけの事務所であり、私が業務のほとんどを担っていたため、
休むことも許されず、休日もいつお客様から電話がかかってくるかわからない、
という休みでも休むことができない状態を5年間続けてわかったことは、
自分が不安障害でコミュニケーションを取ることが苦手であること、
すべてを自分で担うことができないということでした。

特にコミュニケーションについては、
20年連れ添った夫でもようやくわかったようです。

今は仕事をせず落ち着いて考えるようにし、何かあれば会話が苦手なので
LINEで夫とコミュニケーションを取るようにして生活をしております。

やはり会社勤めは相性が合わないとコミュニケーションが取れなくなるため、
今のところは在宅でできることを検討しています。

不安障害には時間や一手間かけることで
コミュニケーションをスムーズに行うことができると考えますが、
今の社会ではなかなか効率重視で時間をかけることも
普通の人では不要な手間をかけることはなかなか難しいため
自分のペースにマッチした会社や働き方を模索することが大事ではないでしょうか。

本で読んだだけですが、認知行動療法を行うことや意識することで
不安を少しでも取ることが可能である生活を送ることを第一優先にした方が、
悪循環のループから抜け出せるかもしれません。

私も子供が3歳になったときから働き続けて15年、
夫からしばらくゆっくり休みなさいと言われてから肩の荷が下りたような気がします。

まだまだ、他人とのコミュニケーションは難しく
引きこもりのような状態ではありますが、
時間があるので少しずつ前に進んで行こうと思っています。

疑心暗鬼にとらわれると人間不信になり、他のお母さん連中が敵に見えてくる

小学生の子供がいる方なら思い当たることがあるかと思います。
学校の登校班での人間関係に不安を覚えます。

長距離の登校の場合、低学年のうちは通学時に
親が途中までついて行ったりします。

自分の子供だけでなく、他の子供も一緒に安全を確認しつつ、
注意したり、されたりする場面も多くあり、
トラブルを起こすことが多々あります。

子供は基本、自分の親には「良い子でいたい。」という心理がありますので、
小さな嘘を沢山ついたりもします。

それを親が鵜呑みにしてしまって受け止めてしまうと、
他のお母さん連中ともめる原因になりました。

幼稚園までは親が付きっきりでしたので、
親から離れた子供がどんな行動に出るのかは未知数です。

誤解しやすい子供であったり、被害妄想的になってしまう子供もいます。

そこは、親が付いているうちは露見しないことが多いので、
発達に障害があることなども気づかれにくいこともあります。

子供の話す内容と、一部の他のお母さんの話す内容。

どちらを信じて良いのか?親が付いている時には子供は良い子でいたり、
わざとではなくとも安心のために異常行動をとらなかったりします。

自分の子供を信じてあげたい一心で頑なに耳を傾け、
周りが見えなくなってしまうこともありました。親しい方に、
「○○さんが陰口を言っていた。」などありがた迷惑な報告を受け・・・ショック。

悪い噂は、近所の世間話にもされたり。「人のうわさも75日。」とあきらめて、
受け流すのもつらく、相談先を間違え空回ってしまったり。

人間不信にならない方がおかしいくらいな時がありました。
相談する先は、信頼できる擁護の先生などが良かったと思います。

担任の先生も、ごく限られた学校に1人居るくらいの
金八先生位なら良いかもしれませんが、
担任の先生などは本当に頼りになりませんでした。

とにかく、問題さえ解決してしまった後は、
噂に関しては時間が解決してくれるまで、社会生活を営みつつも、
(私の場合はTVドラマの刑事物とかを観て)現実逃避しつつ
時が過ぎるて人の記憶や自分の記憶が薄らいでいくのを待つばかり
という解決方法でした。

疑心暗鬼にならずに、強い心で粘り強く生きていくしかないと思いました。
とにかく、考えすぎないことが一番かもしれません。

今まで生きてきたのだから、くぐりぬけられない試練はないと思い、
私も頑張るので、頑張りすぎずに頑張っていきましょう。

社会不安障害とうまく付き合う方法

私は学校を卒業して社会に出てから社会不安障害(SAD)になりました。

もともと人前で話すことが苦手だったりする性格だったので、
学生時代はみんなにまぎれることでごまかしていました。

でも社会に出ると学生時代とは違い、
いろいろとストレスも増え体調を崩すようになりました。

もともと自分に自信がなかったこともあり、不安を感じることも増えました。
だんだんと外を歩くことにすら恐怖感を感じるようになってきました。

ひどい時はチャイムが鳴っても玄関を開けることができないくらいでした。
それくらい人に合うこと自体に恐怖感不安感を感じていました。

どうしようもなくなり自らメンタルクリニックを訪れました。

始めは一人で外出することも不安だったので母に付き添って貰って行きました。
病院では社会不安障害と診断されました。

それまではなんとか外に出て働かなくてはと
追い立てられるような気持ちが常にあったのですが、
病名がついたことでとても安心したのを覚えています。

私は頑張っても人並みのことが出来ないと自信を失っていたので、
病気だから仕方ないと思えたことは救いでした。

それからは家でのんびりと生活することにしました。

しばらくして薬飲みながら
アルバイトなどを始めることも出来るようになりました。

まずは初めのステップとして病院へ行き
自分に合った薬を飲むということは勇気のいることですが、
とても大事なことだと思いました。

あとは薬を飲みながらでも少しづつできることから始めてみるのもいいと思います。
疲れたと思えば休めばいいのです。

病気を自覚して自分にあったペースで生活をしていけばいいのだと思います。

社会不安障害、パニック障害を経験して

私は大学生の頃、ある日突然激しい動悸めまいに襲われました。

その頃は無理がたたって体調を崩しただけだと思っていましたが、
日に日に体調は悪くなり、病院へ受診しましたが風邪でしょうということで、
風邪薬をもらって帰りました。

しかしその後も体調はよくならず、むしろ精神的に不安でより悪くなる一方でした。

そんな中、大学のゼミの時間に、一人ずつまわってくるスピーチ
大勢の人の前にたつ場面大事な試験など、様々な場面で異常に緊張する、
動悸がする、立っていられなくなるなどの症状がでるようになってきました。

さらにそれはひどくなり、なんの前触れもなく
突然の動悸過呼吸めまい不安感に襲われるようになり、
学校に行くことも困難な状況になりました。

しかし様々な病院へ行って検査をしても、体には何も異常はなし。
検査結果も問題はない。

さらに不安と、自分はなにか大きな病気なのではないかという
絶望感で精神的にも弱っていき、夜もまったく眠れないほどの不眠症にもなりました。

そんな中、母親に心療内科を受診してみないかと提案され、
自分には無縁だと思っていた心療内科へと足を運びました。

そこで、社会不安障害パニック障害と診断されました。
そこで処方された薬を飲み始めて、驚くほどに症状は改善していきました。

それから6年。今では症状はまったく安定していますが、
心療内科へは月に1度通い薬を処方していただき、
毎日の生活をしっかりと過ごしていけるよう薬は飲んでいます。

もちろん最初より薬の量ははるかに減りました。
ですが症状が治まったからといって、すぐにやめることのできる病気ではないのです。

薬の力もかりながら、
毎日の生活をしっかり過ごしていけるようにすることが、
今の自分の第一の目標です。

もちろんゆくゆくは、薬の力を借りることなく、
もとの自分に戻ることを目標に頑張っています。

こういった病気になりやすい人は、頑張りすぎる人が多いと言われます。

私も、頑張らなくちゃ・期待に応えなくちゃと思いすぎて、
自分を追い込みすぎた
んだと思います。

今は、そんな自分自身をわかってあげて、
頑張りすぎているようなときは少し休んで、
休んでいる自分も責めたりしないようにしています。

このような病気の周りにいる方々も、
その気持ちをわかってあげるだけで、本人は非常に救われると思います。

私たち本人は一番頑張っています。

いつか必ず元通りの自分に戻れると信じて、
毎日楽しく、自分らしく過ごしていきたいと思っています。