一番最初におかしいと感じたのは名刺交換でした。

私はホテルの専門学校を卒業し、ホテルで4年程働きました。
そのあと寿退社をし、家事との両立の為に
事務の仕事を選びまた5年ほど働きました。

事務の仕事は初めてだったので、経験が無くても出来るような
受付や来客応対がメインの事務を任されました。

お客様にお茶を出す。
ホテルで毎日それを仕事としていました。

事務のお仕事を始めてから3年ほどは普通に出来ていました

ところが主人が転勤になり、私も仕事を辞め新しい土地
新しい職場へと移りました。

今までの事務とは打って変わって、自分のパソコンを持ち、
名刺をもらい、自分の担当のあるなんともやりがいのある仕事になりました。

そうなった途端、お茶出しが出来なくなってしまったのです。

一番最初におかしいと感じたのは名刺交換でした。
極度の緊張でした。

初めての名刺交換
専門学校で勉強したことしか無かったことで、
手順とか考えて手に汗をたくさんかきました。
それと同時に信じられないくらい手が震えたのです。

そのあとはもちろん名刺交換の時は手が震えたし、
お茶を出す時も手がふるえました
お客様相手になると震えたのかもしれません。

震えることが怖くて、恥ずかしくて、
『あっ、お茶出ししなくちゃならない』という
タイミングを見計らってトイレに立ったりして逃げました。

お客様が見えるとお茶出しのことを考えて、
心臓が飛び出る位ドキドキして仕事が手につきませんでした。

私が逃げることで他の人がお茶出しを
しなくちゃならなくなることに罪悪感を感じました。
でも誰にもこのことは打ち明けられませんでした。

これではいけない、逃げてばかりはいられないと精神科に行きました。
そこで『社会不安障害』と診断されました。

まだ若いから薬は飲まない方がいいと言われました。
場数を踏んで慣れるしかないと。

慣れるよう回数をこなせ!!と頑張りましたが、
一向に恐怖は取り除かれません。

今度はカウンセリングを受けました。

そこで言われたのが『震えて何が悪いんですか?』と。
この一言が私を少し救いました。
そうかー。震えてもいいんだと。

そして、何でも話せる同僚に話してみました。
その友人は『どうしてもっと早く言ってくれなかったの。
気付いてあげられなくてごめんね』と言ってくれました。

これでまた救われました。
分かってくれる人がいるんだと。

今は出産、育児で仕事をしていませんが、
今後仕事をする時は出来ればお茶出しはしたくないなと思ってます。

仕事を辞めてから5年経過してるけど、
また震えたらどうしようと思う事があります。

でも、戦って自分に勝っていかなくてはならないことだろうと思います。

他人から見ればそんなことでどうして震えるの??
と思うことだけど、自分だってどうして震えるのか分からないのです。
他の人に打ち明けてみると気が楽になることは間違いないです。

高校に入ると突然人の目が気になってしまい、目の前に誰かがいるだけで不安になってしまうほどでした

中学、高校と友達ができず、
いつも大人しく静かに一人で携帯をいじったり
絵を描いたりして過ごしていました。

中学時代は「自分は一人でも大丈夫、一人でいる自分がかっこいい」と思い込み、
他人から何を言われても動じることはなかったのですが、
高校に入ると突然人の目が気になってしまい
目の前に誰かがいるだけで不安になってしまうほどでした。

先生の話を聞くだけの授業なら問題なかったのですが、
英語の時間に誰かとペアになって話したり、
家庭科の時間にグループで調理実習をしたりする機会があり、
先生がグループやペアを作れというと震えが止まらなくなり
泣き出しそうになっていました。

苦痛のあまり胃痛を引き起こし、
耐え切れなくなって保健室へ逃げることもあり
授業出席が足りないと担任に注意されてしまいました。

なぜこんなにも人の目が気になってしまうのか解決したくなったのと、
診断書があれば出席日数が少なくても大丈夫ということもあり、
精神科に行ってみた結果、社会不安障害と言われました。

持病のために薬を服用していたため、
の薬は飲まないようにしようということで終わってしまいましたが、
結局高校を卒業するまで社会不安障害は治りませんでした。

「教室に行けないと大学なんか行けないんだから」と強く言われ続けたので、
大学に行くため、泣きそうになりながらも堪えました。

とてもしんどかったです。

現在は志望大学に入学し、サークルでバンドを組みドラムを担当しています。
なぜバンドを組んでいるのか自分でも不思議なのですが、
音楽が好きなことと、友達ができたことがあったからだと思います。

ちゃんと社会不安障害を理解してくれて、
心配しながらも少しずつ良くなるように
声をかけたり話してくれたことに感謝しています。

人前に出ることを無理強いせず、
一緒にいて不安を理解してくれる人がいれば、
良くなっていくのではないかと思います。

社会不安障害を回復できたのは、周囲の人の理解と過保護ではない優しさでした

大学生の頃、少人数のゼミなどに参加し、
皆の前で自分の研究を発表しなくてはいけないという状況を知った際、
失敗したらどうしよう、皆に笑われたらどうしようと考えるようになりました。

そこから日にちが経つにつれ、ゼミの不安感というよりは、
漠然とした不安感や恐怖感でいっぱいになり、
外に出ることさえも怖くて仕方なくなりました。

その後、藁にもすがる思いで心療内科を受診しました。
社交不安障害」と病名が付いた時、とても救われました。

私は病気だったのだ、私の性格の問題ではなかったのだ、
薬を飲んで治療をすれば普通の生活に戻れるのだと。

両親、友人に話すのが怖くて仕方なかったのですが、
学校に行けていないため、伝えるしかありませんでした。

両親、友人ともに大事にはせず、
受け入れてくれた事は本当に感謝しています。

基本的に外に出るのが不安で仕方なかったのですが、
「緑のいっぱいある所」「水のある所」には行くことができました。
(例えば、緑が生い茂っている公園、温泉)

きっと、気持ちが落ち着くのだと思います。
両親も友人も公園や温泉に付き合ってくれました。

また、人前でご飯を食べることも恐怖になっていたのですが、
「じゃあ食べなきゃいいよ、私はお腹が空いたから食べるけど」と
私を気にせず食事をしてくれていました。

周囲の人の「行きたいところに行けばいい、食べたくないなら食べなくていい」
という丁度いい放置が本当に助かりました。

私は「大丈夫?それは大変!なんとかしなきゃ」というように、
皆から気を使われるのが嫌だったのです。

結局ゼミには出席することはできませんでしたが、
両親と友人がつかず離れずの距離を保って私の行動範囲を少しずつ広げてくれたおかげで、
今は普通に外に出ることができるようになりました。
(人前で発表等は今でも不安感に襲われますが、以前のように嘔吐することは無くなりました)
因みに、不自由と感じない生活に戻ったのは、受診してから1年半後でした。

今は、大学も卒業し、社会に出て働いています。

私が社会不安障害を回復できたのは、
周囲の人の理解過保護ではない優しさだと思っています。

ちなみに、服薬はその後も頓服薬のみ使用等で5年ほど続けましたが、
今は服薬していません。

社会不安障害、パニック障害を経験して

私は大学生の頃、ある日突然激しい動悸めまいに襲われました。

その頃は無理がたたって体調を崩しただけだと思っていましたが、
日に日に体調は悪くなり、病院へ受診しましたが風邪でしょうということで、
風邪薬をもらって帰りました。

しかしその後も体調はよくならず、むしろ精神的に不安でより悪くなる一方でした。

そんな中、大学のゼミの時間に、一人ずつまわってくるスピーチ
大勢の人の前にたつ場面大事な試験など、様々な場面で異常に緊張する、
動悸がする、立っていられなくなるなどの症状がでるようになってきました。

さらにそれはひどくなり、なんの前触れもなく
突然の動悸過呼吸めまい不安感に襲われるようになり、
学校に行くことも困難な状況になりました。

しかし様々な病院へ行って検査をしても、体には何も異常はなし。
検査結果も問題はない。

さらに不安と、自分はなにか大きな病気なのではないかという
絶望感で精神的にも弱っていき、夜もまったく眠れないほどの不眠症にもなりました。

そんな中、母親に心療内科を受診してみないかと提案され、
自分には無縁だと思っていた心療内科へと足を運びました。

そこで、社会不安障害パニック障害と診断されました。
そこで処方された薬を飲み始めて、驚くほどに症状は改善していきました。

それから6年。今では症状はまったく安定していますが、
心療内科へは月に1度通い薬を処方していただき、
毎日の生活をしっかりと過ごしていけるよう薬は飲んでいます。

もちろん最初より薬の量ははるかに減りました。
ですが症状が治まったからといって、すぐにやめることのできる病気ではないのです。

薬の力もかりながら、
毎日の生活をしっかり過ごしていけるようにすることが、
今の自分の第一の目標です。

もちろんゆくゆくは、薬の力を借りることなく、
もとの自分に戻ることを目標に頑張っています。

こういった病気になりやすい人は、頑張りすぎる人が多いと言われます。

私も、頑張らなくちゃ・期待に応えなくちゃと思いすぎて、
自分を追い込みすぎた
んだと思います。

今は、そんな自分自身をわかってあげて、
頑張りすぎているようなときは少し休んで、
休んでいる自分も責めたりしないようにしています。

このような病気の周りにいる方々も、
その気持ちをわかってあげるだけで、本人は非常に救われると思います。

私たち本人は一番頑張っています。

いつか必ず元通りの自分に戻れると信じて、
毎日楽しく、自分らしく過ごしていきたいと思っています。