バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、 両替しなければならない時、極度の不安に襲われます

私は、社会不安障害からうつ病を患い、
今現在、精神科へ10年以上通院しております。

周りの目が気になって仕方が無く、
異常なまでの不安感や緊張感に襲われてしまい
震えや赤面、動悸、声が出ない等の症状が出てしまうからです。

精神科の担当医は「誰も貴方をそんなに見ていない」と言いますが
周りの目が気になってしょうがないのです。

私の場合の一例を上げると、
バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、
両替しなければならない時、極度の不安に襲われます。

普通に、両替出来れば良いのですが、
社会不安障害の患者はそうはいきません。

「もし両替に時間が掛かって、他の乗客に迷惑をかけてしまったらどうしよう。」
「立ち上がり、両替機の前まで歩く時、ふらついて転んでしまったらどうしよう。」
と、不安がよぎります。

だからといって、他人のこんな場面に出くわしたら、どう思うのか。
全く気にしていません。

社会不安障害の患者は分かっているのです。
自分が気にしすぎているという事を。

でも、極度の予期不安で体調が悪くなってしまうのです。

人に注目を浴びないように…歩いて帰ろう。
バスに乗車する前に小銭をキッチリ用意しておこう。

人目に付かない行動を取るようになってしまいます。

それでも、周りの視線を浴びなければいけない事は、
生活していく上で多々あります。

私は次第に、普通の生活をしていく事が困難になっていきました。

「このくらいの悩み事で、心療内科や精神科へ行くのも恥ずかしい」
「きっと、こんな思いを医師に話しても呆れられるだけだ」

もうどうしようもなく、
私は当時通っていた大学を辞めてしまいました。

今思う事は、もっと早くにこの病気を知っていて
精神科に受診していたら、ここまで悪化はしなかったでしょう。

現在は、外出する時に処方された抗不安薬を飲み、
普通の生活に戻りつつあります。

突然仕事に行くことに恐怖を感じるようになってしまいました

私は24歳頃に専門学校を無事卒業し、就職をしました。
今現在は結婚もしていて、子どもが二人います。

そんな私、今から約2年前ほどに
突然仕事に行くことに恐怖を感じるようになってしまいました。

言葉で表現するのは難しいのですが、
漠然と「職場へ行かないといけいない」と考えるだけで
気持ちが辛くなってしまったのです。

それでもしばらくは頑張って通勤して何とか出勤していました。

しかし、段々とその恐怖感は強くなり毎日、
朝起き度に感じるようになってしまったため、
社会不安障害なのかな?と奥さんにも相談し一緒に付き添ってもらい
専門の病院へ受診しました。

診察時にはっきりとは言われませんでしたが、
その後「うつ病」ということが分かりました。

どうやらストレスや疲労、環境の変化などが影響したようです。
ですが私は「うつ病だから特別な感じで休みたい」とはまったく思いませんでした。

辛くても心の奥底で「どうにか前向きでいたい」と考えていたのです。

そう思えたのは恐らく自分の症状を『個性』と認識し、
受け止められたからだと思います。

そしてそう思わせてくれたのは、
今も通院している病院の担当の医師の方とお話することができ、
最初は戸惑っていた家族が時間と共に私の精神状態を
理解してくれたからだと感じます。

本当に感謝しています。
あ、もちろん自分も頑張りました。(笑)

もしすべてが嫌に感じたら、
少し頑張って外の空気を吸うだけでも気持ちは必ず気分転換出来ます。

私は担当の医師の方に辛いとき用に軽い飲むお薬を頂いていますので、
(お薬に偏見を持たず「手助けをしてくれるサプリ」くらいに考え)

「気持ちが落ちそうかな?」と思ったら
そのお薬をサッと飲んで前向きにやっています。

説明が下手ですみません。(笑)

まぁ(今回のお話に限らずですが)何事も良い意味で
「気軽な気持ち」でやっていれば間違いなく一歩前へ進めると私は思っています。

いや、思えています!

そんな感じで今日も明るく、そして良い意味で気軽に頑張っている私の、
心の壁(うつ病や障害)に関する前向きなお話でした。

今日も気分転換を忘れずにしたいと思います。

以上です!

「過剰適応障害ですね。」と言われました

私が、最初に感じたのは“体の不調”でした。
一番最初が“目眩”そして、“異常な肩こり“、”胃腸障害”等、きりがありませんでした。

何故なのか分からず、ドクターショッピングを繰り返しました。
MRI、MRA何度撮ったでしょう。腰痛も酷くなりました。

結果はいつも“異常なし”です。
病院もなす術は有りません。

でも、自分自身は、ツラくてしょうがないのに・・・
そして心療内科にたどり着きました。

過剰適応障害ですね。」と言われました。
仕事場でも、友達関係でも、子供の頃から、頼まれたら断れない。

その場を楽しませなくてはと思ってしまう。
仕事で成果をあげて、認められたい。

直ぐに、友達になれる社交的な明るい人だと思われたい。
等、それもあげたらきりが有りませんでした。

初めて指摘された、自分の性格でした。
それまで、そうすることが、良い事だと思っていました。

断るエネルギーよりも、少し無理してでも、
他人に合わせえる方がマシだと思っていたのです。

残業付き合ってと言われて、断って「冷たい人」って思われるより、
疲れてても「助かったわ~。やっぱり貴方に頼んで良かった。」
と言われた時の達成感がたまらないと勘違いしてたんです。

本当の私は、そんなに強い人間ではなかったのです。
数十年の無理が、一気に吹き出して“体の不調”と言う形になって襲って来たんです。

それでも、薬を飲んで頑張りました。認めたくなかったんでしょうね。
そして、遂に寝込む所まで来てしまいました。

外に出れなくなって、仕事を辞めた当初は、
自分は役に立たない人間になったと、死にたいぐらいでした。

2年近く経って、今やっとこうしてパソコンにも向えるようになりました。
薬の量も少しずつですが、減ってます。

最初は、薬を飲む罪悪感も有って、勝手に減らしたりしてました。
先生にも家族にも怒られましたね~。

根本的な性格は、なかなか変えられませんが、
「ボチボチ行こう」「人の目は、そんなに厳しくないよ」
「まず、自分の気持ちに正直に。」「他人じゃなくて、家族を大切に。」って
言いきかせながら生活してます。

いつか、薬を飲み忘れる日が来る事を信じて。

激務に追われ、出張先のホテルで感じた事のない動悸を体験しました

私は20代後半から大手企業の専門職から中小企業に転職しました。

大手では経験できないような業務を任されたりしながら、
入社2年ごろまでは激務に取り組み、自分でも満足していましたが、
年々体調を崩すようになり出張先のホテルで、
寝入る前にドキゥッと今までに感じたことがないような気持ち悪さを体験しました。

妙にそのことが心配になり、「私は心臓がわるいのではないか?」と
自分自身で問いかけるようになりました。

仕事で没頭している時は思わないのですが、
休日などでは体調のことで思いなやんでしまってました。

すると段々夜寝るときにまたあの気持ち悪い体験をしたら・・・
どうしょう??と考えはじめると、今度は段々と不眠症に陥ってしまいました。

ちょうど梅雨時期の暑さと、かさなり、不眠症はひどくなるばかりでした。

ついには業務中にドッキンドッキンと動悸がうちはじめ、
「私このままダメになってしまうのではないか??」という
何とも言えない底なしの恐怖を感じて、外に飛び出したい一心になりました。

職場の周囲の方たちからパニック障害ではないかということで、
心療内科をすすめられ受診しました。

心療内科では軽い鬱でしょうということで数種類薬を提案されましが、
服薬に抵抗があり薬は断りその後は通ってません。

「酷い動悸がして以前のようなことがおきたらどうしょう??」と
自分自身で追い込んでましたが、生活事態を見直して
仕事もきりが良いところで辞め、ゆったり生活するようになってからは、
不眠もなおり不安になる気持ちも数年かかりましたが、
だんだん減少していきました。

現在はパートをしながら主婦として生活してます。

たまには不安になったりしますが、不安になっても
「何で?何で?不安になるのまた?いつなる?」と、
追い込まないようにしてます。

頑張りすぎずに適当にいそがしい・・
ぐらいが丁度良いのだと思います。

あと睡眠は絶対に大切だと思いました。

社会不安障害だと気づいたきっかけは、妊娠・出産でした

第一子を出産後、かわいいはずの我が子をかわいいと思えず、
周囲に「相性が悪い」とこぼしていたほど気持ちが荒んでいました。

仕事をしていないのに、どうしても一人になりたいからと
保育園探しを必死にしていました。

そんな時、心療内科を受診しました。

当初は「産後鬱」という診断でしたが、
幼い頃から自覚のあった「対人不安」などを医師に相談すると、
社会不安障害」だと診断されました。

「アスペルガー症候群」かもしれないと悩んだ時期もありましたが、
医師から診断されたことですごく気持ちが晴れました。

幼い頃から「複数の人の前に出ると手と声が震えるほど緊張する」
「電話に出るのが苦痛」「仲良くなった関係を自分から壊す」
「大事なものをなくす」などの自覚症状があり、
「アスペルガー症候群」か「ADHD」なのではないかと悩んでいました。

世間知らずでもあり、30歳を超えたあたりから
やっと普通の人の感覚がわかるようになってきたほどです。

滅多に合わない主人の家族にも失言を多々しており、
主人に怒られたこともあり後で一人になって自問自答して後悔の嵐です。

これまでの友人関係も然りです。
診察してくれた医師によると、「アスペルガー症候群」ではないとのことでした。

でも、その医師は診断テストをしてくれたわけではなく
私の話を聞いて判断しただけなので、
私自身はまだ自分が「アスペルガー症候群」ではないかと疑っていますが。

とりあえず「社会不安障害」と産後鬱をどうにかしなければと思い治療を始めました。

お薬を服用しだしてからは、だんだんと気持ちが落ち着いてきて、
我が子をかわいいと思える余裕も出てきました。

そして、アルバイトをしながら電話にも出られるようになってきました。

だんだん良くなってきて、お薬も減らしてきていた頃に第二子を妊娠したので
そこで治療を終了することになりました。

その後は人と話していてもさほど緊張せず、
出産後、授乳後とお薬を服用せず普通の生活を送れていたのですが、
その頃のアルバイト先で対人関係のトラブルを起こしてしまい、
極度の緊張で心拍数が100を超え、人と会話することが怖くなり、
結果仕事を続けることができなくなって辞めざるを得なくなりました。

その後、また心療内科に行きお薬をもらい、
子育てに専念して自宅にひきこもりながら
自分を落ち着かせるようにしてきました。

今回はカウンセリングが必要だと思い、
カウンセラーのいる別の心療内科を受診しました。

そちらで話を聞いていただき、だんだんと落ち着いてきて、
また普通の生活をおくれるほどにはなってきました。

今は通院しておらず、残っているお薬をいざという時に服用する程度です。

ですが、まだまだ普通の方のようにママ友をたくさん作ったり、
接客や営業のような仕事をすることはできません。

ですが、少しずつママ友ができてきて引きこもりも改善してきています。
それに、開き直って自分に向いている仕事を探しているところです。

今までトラブルが多かったのは、向いていない仕事を無理してしていたから、
だからすぐ仕事をやめてしまっていたのではないかと思います。

幼いころに人と接する努力をしなかったことも悪かったでしょう。

10代の間にいろんな失敗をしておけば、20代30代とをかかずにすんだはずだし、
恥だからといって緊張することもなかったと思います。

幸い主人が理解してくれているので助かっています。

これからも自分でどうにもならない時はお薬に頼りながら、
でもなるべく少しずつでもいいから人と接する努力をしていきたいと思っています。

私は精神障害者で病名はうつ病とてんかんです

初めまして。私は44歳の男性です。
私は精神障害者で病名はうつ病てんかんです。

ちなみに障害厚生年金2級を受給しております。

最近では特に体の震えがひどく、日常の会話も非常に乏しく
人と目線も合わせられず、大勢の人の中にも入ることが出来ず
食事も一緒に摂る事が出来なくなり、絶えず人の視線が気になります

一番最初に行った就労継続支援A型事業所でも、
他の障害者と比べたら労働能力が著しく劣るという
事業所からの指摘から就労を続けていくことが非常に困難となり、
やむなく退職いたしました。

現在は別の就労継続支援A型事業所に行っていますが、
やはり大勢の利用者と一緒に内職作業することが出来ず、
一人でパソコンを用いた作業をしています。

ちなみに私の父親が77歳で要介護1で、70歳の母親が老老介護をしている為、
毎週日曜日に介護職員初任者研修(旧:ホームヘルパー2級)の講座を
受けに行っていますが、まわりの98%が女性であるためか、
特に実技では大変気を使いますし、やはりなかなか環境に馴染めない状態が続いています。

今振り返ってみると、自分は、就職どころか、
社会に適応していない人間ではないか?
と思うようになってしまいました。

実は、怖いのは夢をみた時なのです。

ここ2~3年、今は倒産してありませんが、
一番最初に勤務した金属印刷会社の嫌な係長が何度も頻繁に出てきたり、
同じく今は倒産してありませんが、大型家電販売量販店で
店員として働いていたり、夢にうなされる日々がよくあります。

仕事を辞めてしまったことで精神が不安定になり、結果的にはうつ病と診断されました

父・母・私(30代女性独身)の三人暮らしです。

学生時代の私は、どちらかというとおとなしい性格でしたが、
いざという場面では気が大きくなるというか、
アピールが上手いタイプでした。

特に初対面の場合にその能力は発揮され、
その頃はかなりの不況でしたが、750倍の難関を突破し、
憧れのマスコミ業界に入ることができました。

社長面接では、「楽しい子だね、物怖じしないね」といわれた私でしたが、
地方から上京し、一人暮らしをしながら働いていると
知らず知らずのうちにプレッシャーが重くのしかかってきたのか、
新入社員研修のときの一人ずつのプレゼンなどで、上手く話せなくなってしまいました

今までは上手くできていたのに、
社会人になると責任感を覚えるからなのでしょうかか…

「物怖じせず、自分の世界を持っている」と評価された私でしたが、
その後部署に配属されても、編集者という朝遅く、終電まで働き、
時には徹夜する仕事のせいか、プライベートでホッとする時間がなくなり
精神的に余裕がなくなってきました

部署は私を含め4人でしたが、同じフロアには人が多く、
24時間誰かがいるような状態で、得意だったライティングも
会社では上手くいかなくなってきました。

その頃は許されていたので、家で記事を執筆し、
会社に持ち込んだりすることで何とか仕事はこなしていました。

その後、家庭の事情で退職し、故郷に帰ったのですが、
仕事を辞めてしまったことで精神が不安定になりました。

派遣会社のジョブカウンセラーの方などに
「能力は優秀なのに自信が無さそうにみえる。もっと自信を持って!」
アドバイスされたりもしました。

その後、精神科を受診し、結果的にはうつ病と診断されました。
現在私は、自分の心の調子と相談しながら、短期を中心に仕事をしています。

好きだったライティングの仕事も再開でき、
心のより所としつつ、社会復帰を果たしました。

私の社会不安障害を救ってくれたのは、新聞に載っていた記事でした

私は、「社会不安障害」という言葉が生まれる前から社会不安障害です。
最初に付いた診断名は、対人恐怖症でした。

社会不安障害は、パニック障害とも似通っていると思います。
特定の場所でドキドキしたり、吐き気がしたり、人によって症状は様々です。

私は、広場恐怖があり、逃げられない状況になると
吐き気がして意識が遠のきます

体が震え芯から冷たくなります

こんな私を救ってくれたのが、新聞に載っていた記事でした。

こういう症状は病気なんだと、
病院へ行き適切な処置をすれば治るんだと教えてくれたのです。

しかし当時は心療内科やメンタルクリニックなどほとんどなかった時代です。
私は不安になりながらも電話帳を広げました。

すると、近くに心療内科があるではありませんか。
私は勇気を出して、病院へ行きました。

精神科も標榜していた大きい病院だったので、
待合室は初めての人間には戸惑う場所でした。

暗い場所に、いろんな年代の人たちがいました。

私の番になり名前を呼ばれて、
私は先生が怖い人だったらどうしようかと思いました。

「あなたは病気じゃない、甘えているだけ!」そう言われたら。

そして心の問題なのに、それが薬で解決できる、
というのもいまいちピンときていませんでした。

しかし病室に入ると先生は優しく迎えてくれ、
抗不安薬を処方してくれました。

「これで楽になるからね。」私が、
「治るのでしょうか。」と恐る恐る聞くと、
「治ります。」と言ってくれました。

そして少したって人前に出る用事ができた時、
初めて薬を飲みました。

その日はその用事のことで頭がいっぱいで、
ものすごく緊張していました。

…が、十五分もするとその不安は消え、
私の気持ちは落ち着きを取り戻しました。

何も怖くない。

全然平気!

私はその日、無事に用事を済ませ、薬のすごさを知ったのです。
今も私は薬を飲んでいます。でも、その回数は減ってきました。

できることがどんどん増えました。

薬を飲んでですが、できることも増えました。

私は、薬を飲んでいても、人間らしい生き方ができれば
それでいいんじゃないかと思います。

何もできないで家に閉じこもっているよりずっといい

今もし苦しんでいる方がいるならば、
少し勇気を出して病院へ行ってください。

きっと今の生活よりずっと生きている実感を
感じることができるようになると思います。

社会不安障害、パニック障害を経験して

私は大学生の頃、ある日突然激しい動悸めまいに襲われました。

その頃は無理がたたって体調を崩しただけだと思っていましたが、
日に日に体調は悪くなり、病院へ受診しましたが風邪でしょうということで、
風邪薬をもらって帰りました。

しかしその後も体調はよくならず、むしろ精神的に不安でより悪くなる一方でした。

そんな中、大学のゼミの時間に、一人ずつまわってくるスピーチ
大勢の人の前にたつ場面大事な試験など、様々な場面で異常に緊張する、
動悸がする、立っていられなくなるなどの症状がでるようになってきました。

さらにそれはひどくなり、なんの前触れもなく
突然の動悸過呼吸めまい不安感に襲われるようになり、
学校に行くことも困難な状況になりました。

しかし様々な病院へ行って検査をしても、体には何も異常はなし。
検査結果も問題はない。

さらに不安と、自分はなにか大きな病気なのではないかという
絶望感で精神的にも弱っていき、夜もまったく眠れないほどの不眠症にもなりました。

そんな中、母親に心療内科を受診してみないかと提案され、
自分には無縁だと思っていた心療内科へと足を運びました。

そこで、社会不安障害パニック障害と診断されました。
そこで処方された薬を飲み始めて、驚くほどに症状は改善していきました。

それから6年。今では症状はまったく安定していますが、
心療内科へは月に1度通い薬を処方していただき、
毎日の生活をしっかりと過ごしていけるよう薬は飲んでいます。

もちろん最初より薬の量ははるかに減りました。
ですが症状が治まったからといって、すぐにやめることのできる病気ではないのです。

薬の力もかりながら、
毎日の生活をしっかり過ごしていけるようにすることが、
今の自分の第一の目標です。

もちろんゆくゆくは、薬の力を借りることなく、
もとの自分に戻ることを目標に頑張っています。

こういった病気になりやすい人は、頑張りすぎる人が多いと言われます。

私も、頑張らなくちゃ・期待に応えなくちゃと思いすぎて、
自分を追い込みすぎた
んだと思います。

今は、そんな自分自身をわかってあげて、
頑張りすぎているようなときは少し休んで、
休んでいる自分も責めたりしないようにしています。

このような病気の周りにいる方々も、
その気持ちをわかってあげるだけで、本人は非常に救われると思います。

私たち本人は一番頑張っています。

いつか必ず元通りの自分に戻れると信じて、
毎日楽しく、自分らしく過ごしていきたいと思っています。

人と話そうと思っても、うまく言葉が出てこない。人ごみで息苦しくなる

私は、もともと気弱で思っていることを、口に出すのが苦手なタイプです。
学生時代から、周りから少しかわっている、マイペースだねとよく言われました。

そんな私でも、高校生までは友達もでき、普通の生活を送っていました。

ところが、専門学校に入り2年目の夏ごろから、人と話そうと思っても
うまく言葉が出てこない

大勢の中で、ポツンといると息苦しくなる
という症状が出てきました。

もともと、血圧も低く(90-50くらい)
元気一杯というタイプではなかったので、身体の調子が悪いのかなと
思い、内科、脳神経外科など、いろいろな科で見てもらいました。

けれど、どこも悪いところはありませんでした。

精神的な事からきているものだと、医師から言われ精神科のクリニックを受診し、
弱い精神安定剤を処方してもらいました。

その後、学校を続けていくのは無理だったので、
中退し、近所の工場で働き始めました。

そこで、数年働きましたが、工場の撤退で退職することになりました。

次に、働いたところは、朝6時からという勤務で同じような軽作業の
工場でしたが、人間関係のストレスから若いころ出た、
動悸頭痛めまいなどが、出始め結局退職しました。

そして以前、お世話になった精神科のクリニックをまた、受診することになりました。

不安神経症」「対人緊張」が強いですね、
といわれ前いただいた薬よりもう少し、
不安が軽くなる少し強めの薬を処方していただきました。

運動がいい早寝早起きがいい、と言われ実践し、退職して時間が空いたので
ジムに通ったりヨーガもはじめ、少しずつ体の具合もよくなってきています。

食事も、野菜を多くとるように心がけています。
今は、再就職にむけて就活中です。

経験から人間関係のストレスが一番よくないと思っているので、
大勢の人とかかわる練習に、ボランティア活動を始めようかと、検討中です。

もし、就職がきまっても、自信がないままで
はじめの半年くらいは大変だと思います。

けれど、焦らずゆっくり、失敗してもまた、やりなおせばいい、
そんな気持ちで、自分を受け入れて少しずつ
前進できたらいいなと思っています。