バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、 両替しなければならない時、極度の不安に襲われます

私は、社会不安障害からうつ病を患い、
今現在、精神科へ10年以上通院しております。

周りの目が気になって仕方が無く、
異常なまでの不安感や緊張感に襲われてしまい
震えや赤面、動悸、声が出ない等の症状が出てしまうからです。

精神科の担当医は「誰も貴方をそんなに見ていない」と言いますが
周りの目が気になってしょうがないのです。

私の場合の一例を上げると、
バスに乗車していて大きいお金しか持っておらず、
両替しなければならない時、極度の不安に襲われます。

普通に、両替出来れば良いのですが、
社会不安障害の患者はそうはいきません。

「もし両替に時間が掛かって、他の乗客に迷惑をかけてしまったらどうしよう。」
「立ち上がり、両替機の前まで歩く時、ふらついて転んでしまったらどうしよう。」
と、不安がよぎります。

だからといって、他人のこんな場面に出くわしたら、どう思うのか。
全く気にしていません。

社会不安障害の患者は分かっているのです。
自分が気にしすぎているという事を。

でも、極度の予期不安で体調が悪くなってしまうのです。

人に注目を浴びないように…歩いて帰ろう。
バスに乗車する前に小銭をキッチリ用意しておこう。

人目に付かない行動を取るようになってしまいます。

それでも、周りの視線を浴びなければいけない事は、
生活していく上で多々あります。

私は次第に、普通の生活をしていく事が困難になっていきました。

「このくらいの悩み事で、心療内科や精神科へ行くのも恥ずかしい」
「きっと、こんな思いを医師に話しても呆れられるだけだ」

もうどうしようもなく、
私は当時通っていた大学を辞めてしまいました。

今思う事は、もっと早くにこの病気を知っていて
精神科に受診していたら、ここまで悪化はしなかったでしょう。

現在は、外出する時に処方された抗不安薬を飲み、
普通の生活に戻りつつあります。

高校に入ると突然人の目が気になってしまい、目の前に誰かがいるだけで不安になってしまうほどでした

中学、高校と友達ができず、
いつも大人しく静かに一人で携帯をいじったり
絵を描いたりして過ごしていました。

中学時代は「自分は一人でも大丈夫、一人でいる自分がかっこいい」と思い込み、
他人から何を言われても動じることはなかったのですが、
高校に入ると突然人の目が気になってしまい
目の前に誰かがいるだけで不安になってしまうほどでした。

先生の話を聞くだけの授業なら問題なかったのですが、
英語の時間に誰かとペアになって話したり、
家庭科の時間にグループで調理実習をしたりする機会があり、
先生がグループやペアを作れというと震えが止まらなくなり
泣き出しそうになっていました。

苦痛のあまり胃痛を引き起こし、
耐え切れなくなって保健室へ逃げることもあり
授業出席が足りないと担任に注意されてしまいました。

なぜこんなにも人の目が気になってしまうのか解決したくなったのと、
診断書があれば出席日数が少なくても大丈夫ということもあり、
精神科に行ってみた結果、社会不安障害と言われました。

持病のために薬を服用していたため、
の薬は飲まないようにしようということで終わってしまいましたが、
結局高校を卒業するまで社会不安障害は治りませんでした。

「教室に行けないと大学なんか行けないんだから」と強く言われ続けたので、
大学に行くため、泣きそうになりながらも堪えました。

とてもしんどかったです。

現在は志望大学に入学し、サークルでバンドを組みドラムを担当しています。
なぜバンドを組んでいるのか自分でも不思議なのですが、
音楽が好きなことと、友達ができたことがあったからだと思います。

ちゃんと社会不安障害を理解してくれて、
心配しながらも少しずつ良くなるように
声をかけたり話してくれたことに感謝しています。

人前に出ることを無理強いせず、
一緒にいて不安を理解してくれる人がいれば、
良くなっていくのではないかと思います。

きっかけは中学の時、些細な事で担任の先生が怒って教卓を蹴ったことでした

私は小さい頃から人見知りで、
クラスでもあまり目立つ方では無かったと思います。

自分の中では「みんなに好かれたい、嫌われたくない」と
いつも思っていました。

中学二年の頃までは何も支障なく学校に行けていましたが、
社会不安障害を発症したきっかけなんじゃないかと思う
出来事がその頃にありました。

1限目が始まる前に10分位のHRがあったのですが、
その時に些細な事で担任の先生が怒って教卓を蹴ったんです。

その時私は1番前の真ん中の席に座っていました。

普段から怒りっぽい先生だったのですが、
何故かその時だけとてもびっくりしてしまい震えが止まりませんでした。

とにかくその時は震えている自分を後ろにいるみんなに見られたくなくて、
震えを止めようと必死でした。

結局HRが終わるまで震えは止まらなかったです。

その後その事について誰にも何も言われませんでしたが、
それから視線大きい音を必要以上に気にするようになって、
授業中も震えたらいけないということに必死で硬直していました。

高校になってから電車通学になり、
電車に乗ると視線を気にして震えたり吐き気がしたりという症状も出てきて、
学校もたまに休むようになりました。

高校二年の頃に、なんとなく自分の症状をインターネットで調べました。

その時に視線恐怖症、対人恐怖症、
社会不安障害などという病気があることを知りました。

そしてそれは治るということを知り、
まず近くの心療内科に行ってみようと決めました。

両親にもこんな症状で悩んでいることを黙っていたので、
初めて打ち明ける時はとても言い難かったですが、
病院に付いて行ってくれると協力してくれました。

そして初めて病院に行き、あがり症克服や社会不安障害についてなどの冊子と
薬を出してもらいました。

薬は効果が出るまで2週間くらいかかると言われていたので、
飲み始めは副作用もありましたが、病院に通いながら頑張って続けました。

合う薬なども考えて下さって色々な薬を飲んだりして、
副作用が辛く学校に行けない日があったり、
もう消えてしまいたいと自己嫌悪になったり、辛いことも沢山ありましたが、
少しずつ視線や音に対する恐怖や緊張感なども無くなっていきました。

薬を飲み続けながら、なんとか高校を卒業して、専門学校に進学しました。

それから薬からも卒業することが出来て、
アルバイトですが三年くらい問題なく生活出来ていました。

ですが突然再発してしまったんです。

アルバイトは接客をしていたんですが、今まで問題なく出来ていたのに、
何故か視線を感じると震えが止まらなくなり、
その仕事を続けることが出来なくなって辞めてしまいました。

そして今、昔以上に症状が悪化したように思います。
家族と食事することさえも辛いです。

何が原因で再発してしまったのか分からないのですが、
今思うのは、薬は確かに症状を緩和してくれました。

ですが根本的な治療にはならないと思います。

病院に通っていた当時はカウンセリングも受けていましたが、
途中で行かなくなってしまいました。

辛い症状が無くなることは確かに大切ですが、
一番大切なのはカウンセリングなどで根本的なところの心の治療というか、
トラウマを克服したりすることなのかなと思います。

現在も社会不安障害は克服出来ていませんが、
これからちゃんと治すことが出来るように頑張っています。