体調不良で会社を2日おやすみして出勤した際、
いきなりの剣幕で事実上の社長から呼び出され雇用形態の変更を告げられました。

その際、私は雇用契約があるのでそれは受け入れられないと告げると、
さらに激高して理不尽な言葉を浴びせ続けられました(恫喝)。

身長が高く、体格の良い男性からの威圧的な言葉に私はついに言葉を失ってしまい、
出てくるのは涙だけでした。

体中の震えがとまらず、涙もとまらず、いったん外へ出て
人事の担当者が出勤してくるのを外で待ちました。

人事の人が到着したら少し安心しましたが、
私の姿を見て何があったのかをすぐに察してくれました。

とりあえず、今日はいったん家に帰ったほうがいいとのことで帰宅しました。
何が起きているのかわからず、すぐにベッドへ倒れこみました。

そして、夕方ふたたび実質的な社長(恫喝してきた人)から電話があり、
輪をかけた恫喝が延々と続きました。もう、恐怖の電話です。

そして、私は言葉が話せなくなっていました。
そのことでさらに恫喝社長は怒りが増してきたらしく、
長い間話し続けていた記憶があります。

家族が帰宅してから、私はようやく涙ながらに事の経緯を
簡単に話すことが出来ました。

そして、人事担当から電話があり、これからのことを話しました。

もう、職場復帰することは絶望的だと感じましたが、
あまりにも理不尽で、私は何の落ち度もないのに、
このようなことになったことが納得できませんでした。

言葉が正常に話せなくなったことで、診療内科へ行き、
事の経緯を話し診断書をいただきました。
診断名はPTSD(心的外傷後ストレス障害)でした。

その診断書を提出したら、再び、恫喝社長から電話がかかってきました。
電話は留守番電話にして一切出られないようになりました。

8年経過した現在も電話(携帯電話は大丈夫です)は留守番電話にしたままです。
6年半、お局さまと称するひとからの執拗ないじめやセクハラパワハラにも耐え、
まじめに仕事をしていればいつかは報われると思ってきた結果が
このようなかたちになりとても残念でした。

医師からは訴訟を起こしますか?と尋ねられましたが、
当時の私の状態はその頃そこまでの気力が全くありませんでしたし、
満足に話すことさえ出来ない状態だったので、理不尽な自主退職となりました。

8年たった現在も、男性の大きな声には恐怖で震えます。
女性の(特に年配の人)話し声も苦手です。

現在は、少量の安定剤を症状の悪いときだけ服用するようになりましたが、
いまだにあの時の衝撃を忘れることが出来なく夢にも出てくることがあります。

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